みかん小説
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"昭和19年、三十二人が夕飯を拒んだ理由" 第7話

の子どもの飯

寺へ米を納めるが来るは、朝からの気配が増えた。荷をろす男たちの声がし、台所ではしのがきな釜を洗い始める。正雄はいつも、その音を聞くだけで飯がし増えるかもしれないと期待していた。だが今週、からろされたのは米ではなく、粗い麦と芋の入った袋だった。

「米は?」。正雄が尋ねると、配達はを止めずに言った。「りないんだ。寺だけの話じゃない」。その返事が嘘でないことは、翌った。寺の周りの畑へ落ち葉を集めにくと、元の子どもたちが芋の蔓を拾っていた。学へ通っているはずのだが、の伝いで休んでいるという。

そのにたかの弟、歳の郎がいた。郎は正雄を見ると、に持った蔓を背に隠した。「京の子は、寺でちゃんとわせてもらえていいな」。正雄は言い返そうとして、やめた。郎の頬はやせ、袋には何度も当て布がしてある。「僕らだってりないよ」と答えると、郎は唇を尖らせた。「じゃあ、どうして町の米が寺へくんだ」。

正雄は初めて、自分たちがでどう見られているかをった。寺を借りてみ、台所を使い、炭を焚く。井は職にも世話係にもをげていたが、子どもたちは、のの暮らしが自分たちのために変わったことを考えたことがなかった。

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郎は正雄が黙ったのを見ると、勝ったとったのか顔を背けた。

昼過ぎ、たかが弟を連れて寺へ来た。寺の畑で採れたさな根を届けに来たのだ。「うちだって困ってるのに、また寺へ持っていくの」と郎が満を漏らすと、たかは厳しい目で弟を見た。「おじいちゃんが決めたの。子どもにはべさせろって」。郎は納得せず、帰りで正雄の肩にわざとぶつかった。

節子はその様子を見ていた。「私たちの飯のことだけ考えていたら、郎くんに悪いのかな」。正雄には分からなかった。京の子どもがへ来たせいでの米がなくなったとしたら、自分たちは何と言えばよいのか。けれど、帰るが全でないからここに来たという事も、簡単に消せるものではない。

その晩、玄は子どもたちを本堂に集めて話をした。「が苦しい、隣の者の茶碗がきく見えることがある。だが茶碗を並べても米が増えるわけではない」。正雄はその言葉を聞きながら、もう度納の柱の傷をいしていた。俵の米はどこかにあった。問題は、それを誰がどう分けると決めたかということだった。

翌朝、井は町から届いた配分表を黒板に貼った。児童、付き添いの教師、世話係、賄いのための燃料。そこには必な量として派な数字が並んでいた。

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しかし実際に寺へろされたものをしのに記録してもらうと、数字がいくつもわなかった。正雄は算術で習った引き算を使い、差をつずつき込んだ。

郎が寺のからのぞいているのに気づいたのは節子だった。節子はを持ってづき、「ここが分からないんだけど、緒に見てくれる?」と声をかけた。郎は初めは断ったが、の集荷で俵の積みろしを伝うことがあると言い、送り状の印を教えてくれた。寺へ来たものと、作業所へったものは、同じ業者の帳面でも別の印が押されるはずだった。

その夜、正雄は初めて郎を夕の席へ呼んだ。しのは眉をげたが、玄が頷き、寺の畑の根を使った汁をもう椀こしらえた。郎は気まずそうに椀を持ち、「うちの母ちゃんも、米が来るをずっと待ってる」と呟いた。正雄は答えた。「僕らもだよ」。ともすぐには仲良くなれなかったが、同じことを待っているのだと分かった。

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