"昭和19年、三十二人が夕飯を拒んだ理由" 第2話
れの粥
翌朝、正雄たちにされたのは、夕飯よりもさらにい雑炊だった。昨夜の事拒否は、子どもたちが眠ったあとも寺のを困らせたらしい。井は朝の授業のに全員を正座させ、「体を壊すようなことは度とするな」と言った。正雄は叱責を受け止めたが、べ物をもらえているのか確かめるまでは引けなかった。
京にいた頃、正雄のにもべ物は分ではなかった。父は印刷の帰りに芋をに入れ、母は根の葉を刻んで粥に混ぜた。歳の妹が「お兄ちゃんの分は」と尋ねると、母は自分の椀を差しして笑った。だから正雄には、が「ちゃんとべている」と言いながら自分の分を隠すこともあると分かっていた。
午の習字が終わると、正雄は節子と連れって寺のれへ向かった。板壁の部は本堂から段い所にあり、窓の隙には古聞が詰められている。戸を叩くと、妙子の々しい返事があった。がへ入ると、妙子は布団のから顔をした。頬はこけていたが、目だけはいつものように鋭かった。
「昨、みんなで飯をべなかったんだって?」。妙子は呆れたように言った。「ばかね。私、べてるよ」。枕元にはさな椀があり、えた粥が半分ほど残っていた。正雄はほっとしたが、同に腹の底で違うがいた。
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粥はべられたとしても、なぜ皆の事がなくなり続けるのか。
「べられるなら、どうして残してるの」。節子が聞くと、妙子は答えるまでしを置いた。「べると気持ちが悪くなるの。ががったらべたい」。そして彼女は戸に目をやり、声を落とした。「私のご飯のことより、先に聞いてほしいことがある」。正雄は膝を寄せた。
「私が倒れるの、裏庭に馬が来たでしょう。お米を運ぶ男のが、台所で喧嘩してた」。妙子はをす直、しのに頼まれての瓶を拭いていた。その、配達のが「この数では寺の子どもにりない」と言い、もうが「帳面には全部ろしたとけ」と返したのを聞いたという。
正雄は息を止めた。「先はいたの?」。妙子は頷いた。「先が、お願いだからきな声をさないでくれって言ってた。そのあと、米俵をつだけ馬に戻していたのを見た」。節子のが布団の端を握りしめた。いつも児童の事を先に配り、自分の飯をにする井先が、どうしてそんなことを言うのだろう。
そこへしのが入ってきた。を見るなり、声をげかけたが、妙子の顔を見て押しとどめた。「病のところへくいてはいけません。妙子、薬をむよ」。しのは陶器の湯みを置き、残っていた粥の椀を取ろうとした。
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正雄はそのを止めず、黙って椀の底を見た。底には米粒が数えるほどしかなかった。
廊へると、しのがを呼び止めた。「あの子が何を言ったからないけれど、で言いふらしてはいけないよ」。正雄は振り返った。「本当なら、なぜ言ってはいけないんですか」。しのは疲れた顔をした。「正しいことを言えば、のべ物が増えるわけじゃない」。その言葉は、正雄には答えにならなかった。
昼には寺の薪割りを伝った。を割りながら、正雄は裏庭の輪跡を探した。乾きかけたに本の轍が残り、台所脇まで続いている。その先には米俵を積むための粗い板がてかけられていた。たかが薪を抱えて通りかかり、正雄の線に気づくとを止めた。
「ここへ来た荷、いつも何俵持ってくるの」。正雄が聞くと、たかは薪を落としそうになった。「私には分からない。伯父さんたちが運んでるから」。彼女の伯父は寺へ料を納める商の伝いをしていた。正雄は追い詰めるのをやめたが、たかの目に涙が浮かぶのを見逃さなかった。
夕方、正雄が部へ戻ると、折り畳んださなが布団のに置かれていた。誰の字か分からないほど急いでいてある。「米俵の数をりたければ、の朝、寺の裏の納を見ろ」。の端には乾いた糠がついていた。
正雄はを握りしめ、今度は妙子だけの問題ではないと悟った。