"亡霊の専属運転手" 第3話
を研ぐ獣たち
「おい、聞こえなかったのか? 副社が『消えろ』と仰っているんだぜ」
美央のすぐ隣に座っていた、首筋に蠍のタトゥーを覗かせた男が、パイプ子を蹴り倒すようにしてちがった。
男は威嚇するように美央のへとを落とし、太い指先で美央の肩を乱暴に突こうとを伸ばしてきた。
美央の瞳の奥で、真の氷のような徹なが瞬だけ瞬いた。
男の指先が肩に触れる直、美央は首をほんの数ミリだけ傾け、そのを空振りさせた。そして、子の脚に添えていた自らのの踵を、無言のままへ軽く踏み込んだ。
トン、とさな振がを伝わる。
その瞬、男は背筋に氷を浴びせられたかのようにビクッと体を直させ、伸ばしたを宙で止めた。
物としての根源な危険察。目のにいる華奢な女の体から、目に見えない絶対な捕者の気配が、ほんの瞬だけ漏れたのを本能が嗅ぎ取ったのだ。
「……あ?」
男が気まずそうに額の汗を拭い、歩ずさった。
その異様な空気を破るように、剛田の内ポケットのスマートフォンがく振した。
剛田は慌てて端末を取りし、画面を瞥すると、顔に醜悪な笑みを浮かべてちがった。
「よし……来たぞ。全員、姿勢を正せ!」
剛田が男たちに目配せを送ると、の男たちの空気が瞬で変貌した。
広告
先ほどまでの品な態度は消え失せ、軍隊のような無質な殺気が部に充満する。男たちは部の央に列しながら、さりげなくジャケットのわせ目にを滑り込ませた。
彼らの指先が、ホルスターに収められた銃のグリップに触れているのが、美央にははっきりと見えた。
カチャリ。
部の奥のプライベートドアが静かにいた。
入ってきたのは、仕ての良い濃紺のつ揃えスーツを着た、髪の老紳士だった。背筋は真っ直ぐに伸び、その双眸には巨グループを率いてきた者特のい理と威厳が宿っている。
ホールディングス代表取締役会・鷹司蔵(たかつかさ じゅうぞう)、歳。
「お待たせいたしました、会! 本の最終面接、精鋭揃いの候補者たちでございます!」
剛田は揉みをしながら、媚びへつらうような作り笑いで駆け寄った。
鷹司会は穏やかに頷き、部に並ぶ候補者たちを見渡した。
「ご苦労、剛田。……うむ、皆、いざというに頼りになりそうな派な体躯をしているな」
会は、自分を取り囲む男たちの脇に銃が隠されていることなどにもわず、温な笑みを浮かべていた。
「はい! 元警護のエキスパートばかりを厳選いたしました! 会、こちらが彼らの推薦類でございます!」
広告
剛田は恭しく、の男たちの偽造された経歴を差しした。そして、その束の番、会の目に絶対に触れない位置へ、美央の履歴を押し込もうとした。
このまま会を油断させ、密ので斉に蜂起し、暗殺を完遂する。そして、その罪を「面接に紛れ込んだテロリスト」になすりつけ、自らは劇のき残りとして次期会の座に君臨する——剛田の描いたシナリオは、完璧に見えた。
しかし、運命はほんのわずかなの擦れいによって、その歯を狂わせた。
剛田が類の束をテーブルに置いた瞬、元が狂い、番に挟まれていた美央の履歴が、ツツツと滑って鷹司会の元へと落ちたのだ。
「おっと……すまない、剛田。落としてしまったよ」
「あ、会! そ、それはただの適格者の類でして! 見られる必などございません!」
剛田が血相を変えて拾いげようとしたが、それよりもく、会がをかがめてそのを拾いげた。
会の線が、履歴に貼られた美央の証写真と、そのに記された経歴の欄へと落ちる。
『神代美央』 『経歴:民軍事全保障企業(PMC)特殊防護部隊 従事』 『担当任務:激戦域における警護および襲救作戦』
「……な……に……?」
会の指先が、目に見えてガタガタと震え始めた。
「会? いかがなさいましたか?」
剛田が怪訝な声をげるが、会のには届いていなかった。老紳士の顔から、急速に血の気が引いていく。
会の記憶の底から、の悪のような景が蘇っていた。炎する油田帯、び交うロケット弾、絶望の暗ので自分を抱き起こし、「伏せてください、必ずきて連れ帰ります」と告げた、あの鋼の瞳を持つ柄な兵士の姿が。
会がゆっくりと顔をげた。
その線が、部の最奥のパイプ子に、背筋を伸ばして静かに座っている美央の顔を、真っ直ぐに捉えた。
「君は……」
会の声がかすれ、類を持つが激しく震えた。
「君は……特殊部隊にいたのか? ……では、私が誰だか覚えているか?」