"亡霊の専属運転手" 第1話
封印された
京のビジネスのにそびえつ、ホールディングス本社ビル。階建てのガラス張りの超層タワーは、見げる者を圧倒する威容を誇っていた。理が敷き詰められた広なメインエントランスには、洗練されたスーツにを包んだビジネスマンや役員秘たちがき交い、資系ホテルのロビーをわせる静謐な気が漂っている。
神代美央(かみしろ みお)は、仕て直したばかりの黒いリクルートスーツの襟元をそっとえ、呼吸をつ落とした。
鏡のようなガラス壁に映る自分の姿を見つめる。きっちりと撫で付けられた黒髪、化粧の施された端正な顔ち。どこからどう見ても、真面目筋で就職活に励む代半の女性にしか見えないはずだった。
しかし、そのスーツのに隠された体には、無数のく細い古傷が刻まれていた。破片榴弾の属片による裂傷痕、速徹甲弾が掠めた銃創、そして格闘戦でナイフを素で受け止めた際の掌の傷痕。
美央には、履歴の「職歴」欄には決してけない過があった。
代半ばで民軍事会社(PMC)の極秘選抜を経て、の特殊部隊にを置くこと。の紛争帯、欧の暗殺警戒網、アフリカの救任務——世界各の焦を駆け巡り、幾にもり注ぐ銃弾のをくぐり抜けてきた。
広告
部隊内での彼女のコードネームは「ファントム(霊)」。敵対勢力からは、すら捉えられない凄腕の兵士として畏怖されていた。
だが、ヶ、彼女はその血塗られた世界を自らの志でった。
どれほど正義を掲げようとも、暴力は暴力しかみさない。命を奪うことではなく、を無事に目へ送り届ける仕事がしたい——そう願った美央が選んだが、VIPの専属運転だった。
全運転講習を受け、交通法をに叩き込み、荒ぶる戦闘本能をの最奥に厳に封印した。本という平な法治国できるためには、を乱さず、者と調し、理尽なことがあっても耐え忍ぶ「般」の仮面を被り続けなければならない。それが、彼女が自分自に課した絶対の掟だった。
「神代美央様ですね。最階の特別応接へご案内いたします」
受付嬢の丁寧な案内を受け、美央は役員専用のエレベーターへと乗り込んだ。滑らかに加速する密ので、美央は胸元にを当て、自らに言い聞かせた。
(私はもう兵士ではない。誰の命も脅かさない、ただの運転候補だ)
チーン、と静かな子音が鳴り、階の扉がいた。
案内された待は、級なペルシャ絨毯が敷かれ、な本革張りのソファが並ぶ豪奢な空だった。しかし、歩を踏み入れた瞬、美央の皮膚がチリチリと粟った。
広告
部のには、すでにの候補者たちが集まっていた。
全員が代から代の柄な男たちだった。鍛えげられた分い胸板、角刈りやスキンヘッドの威圧な貌、そして何より、般の職業ドライバーとはらかに異なる、殺気った穏な空気を全から放っていた。
美央が入した途端、対の濁った線が斉に彼女へ突き刺さった。
品定めし、侮り、嘲笑うような卑た線。美央は切目をわさず、部の最も端にあるパイプ子へと静かに腰をろした。
すると、すぐ向かいのソファに腰掛けていた、顎に刃物傷のある男が、わざとらしくを鳴らした。
「おいおい……見ろよ。受付の案内係が部を違えて入ってきちゃったぜ?」
その品な言を皮切りに、男たちのに卑た哄笑が広がった。
「本当だぜ。迷子の娘が紛れ込んでやがる」
「女の細腕で、いざというに会を守れるわけねえだろ。アクセルとブレーキの区別も怪しいんじゃないのか?」
「痛い目を見るに、とっととに帰ってママにお茶でも淹れてもらえよ」
骨な性差別と嘲笑の嵐。
普通の女性であれば、屈辱に顔を赤らめるか、恐怖で涙ぐんでちる面だった。
しかし、美央は膝ので両を静かに揃え、ただ伏し目がちに沈黙を保っていた。
もし、ここがの戦であれば——この程度の暴言を吐いた男は、美央がちがったコンマ数秒には、顎の関節を砕され、度とをけない状態にされていただろう。
(しなさい、美央。ここは戦じゃない。平な本だ)
美央はの内でく呼吸し、体の奥で蠢く戦闘本能に、たい氷の鎖を巻き付けた。暴力で解決してしまえば、自分が必にに入れようとしている平穏な未来が泡に帰す。何を言われようと、ただ聞き流すこと。それが、この社会のルールなのだから。
男たちは、美央が怯えて縮こまったのだと勘違いし、さらに調子づいて卑た笑い声を響かせた。
だが——。
静かに目を伏せていた美央の研ぎ澄まされた覚が、ある「決定な違」を捉えた。
嘲笑いながら歩き回る男たちの音。擦れるの音。
(……おかしい)
美央は顔をかさず、線だけを男たちの元に向けた。
男たちは皆、歩く際に自然なほど「」にいをかけていた。そして、着ているスーツの脇——脇のの布が、拳銃用のショルダーホルスターを装着している特の角度で、僅かに膨らんでいたのだ。
型自拳銃。おそらく、ミリ径の弾装ピストル。
さらに、彼らのち位置。見すると退屈そうに散らばっているように見えて、部の唯の入と非常ベルへの線を、完全に組で封鎖する陣形を取っていた。
(これは……運転の候補者なんかじゃない)
美央の背筋を、たい戦慄が駆け抜けた。
彼らは、訓練を受けた実戦部隊だ。それも、民警備の経験者などではなく、常にを殺傷することに慣れきった、本物の傭兵か暗殺集団。
なぜ、本の巨財閥の会専属運転の最終面接に、武装したプロの暗殺者たちが律で紛れ込んでいるのか。
美央が求めていた穏やかな常の扉は、音をてて閉ざされようとしていた。