"玄関のピンクのウサギ" 第8話
「私はいいじゃない」
綾乃のしい所は、桜ヶ丘の古い団だった。階の部を解約したあと、私のに完全にみつき、私が帰ってきたことで追いされ、今は名義のを借りているらしい。私はでくつもりだったが、松本弁護士から「銭や物品の話をするなら記録を残してください」と言われ、スマートフォンの録音能を起してから呼び鈴を押した。
扉をけた綾乃は、私を見るなり骨に顔をしかめた。
「何しに来たの?」
「母ののイヤリングを返してもらいに」
綾乃は最初、「らない」と言った。私は買取のレシートの写真を見せた。するとしばらく黙ったあと、部の奥からさな布袋を持ってきた。には片方だけのイヤリングが入っていた。
「もう片方は?」
「売ったかもしれない。覚えてない」
「母のものだとってた?」
「信之さんが、もう使わないって言ったから」
私は呼吸をえた。鳴ったところで失った片方が戻るわけではない。
「翡翠の腕輪は万円で売ったわね」
「それならもうないってってるでしょ」
「買い戻したわ。万円払って」
綾乃の目が瞬泳いだ。
「私にどうしろっていうの。もう使ったわよ」
「何に?」
「活費。雄のにもし」
私は用していたをした。夫からの毎万円、買い物、アクセサリー、スマートフォン、〇万円の送、の持分贈与の相談。
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綾乃はを見るたび表をくしたが、の話だけは目をそらさなかった。
「このの半分をもらう話、ってたのね」
「信之さんが自分から言ったの。奥さんはもう戻らない、息子さんのところで暮らすって」
「私はで戻ると夫に言ってた」
「私はらない」
「既婚者だということは?」
「ってた」
あまりにもあっさり認められ、逆に言葉を失った。
「っていても緒に暮らしたの?」
「そうよ」
「どうして?」
綾乃はしばらく黙っていたが、やがて壁にもたれた。
「私、いいじゃないから」
その声にはき直りより疲れがあった。
「夫がんで、まともな仕事もなくて、もほとんどない。息子は何をやっても続きしない。賃も払えなくなってた。そんな、信之さんが優しくしてくれた。事を作ればんで、買い物をすればをしてくれて、ここにめばいいって言った。目当てだって言うなら、そういう部分もあったわ」
「部分も?」
「寂しいって言ってたのは本当よ。奥さんは孫の方が事で、毎話してもすぐ切るって」
胸の奥で何かが弾けた。
「私がすぐ切ったのは、夜まで孫を寝かしつけてたからよ。息子夫婦が働けるように、私はほとんど自分のを使わなかった。夫が寂しいなら、私にそう言えばよかった。私をから消えたみたいに扱って、あなたとしい庭を作る理由にはならない」
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綾乃は何も言わなかった。
私はさらに尋ねた。
「雄さんの〇万円、あなたが頼んだの?」
「私はそこまで頼んでない。息子がをやりたいって言ったら、信之さんがしてくれただけ」
「夫が健康診断で血糖値がいと言われたのはってた?」
「聞いたことはある」
「甘いものや酒を控えさせた?」
「そういうの、よく分からないから」
私はわず笑ってしまった。同居し、もももらう約束をして、それでも健康のことは「分からない」。それがの関係の正体なのかもしれない。
帰ろうとすると、綾乃が背に声をかけた。
「美さん。婚するの?」
「するわ」
「じゃあ、私が信之さんとまた会っても関係ないわよね」
私は振り返った。
「会うかどうかは、もう私には関係ない。でも、私の母の物と、夫婦のおと、の権利は別。そこは全部理する」
「万円なんて返せない」
「括でとは言ってない。松本弁護士から連絡するわ」
私は扉を閉めた。
団の階段をりながら、議なくらいが静かだった。綾乃は確かに私を傷つけた。でも、彼女にを壊す力があったわけではない。
扉をけ、を渡し、を渡そうとし、私の母の形見まで差ししたのは信之だった。
その事実だけは、もう誰のせいにもできなかった。