"機内で私を叩いた息子の愛人、空港で知った私の正体" 第1話
のの傲と翡翠の腕輪
太平空万メートル。成田からメトロシティへ向かう国際線チャーター便のファーストクラスは、界の喧騒を完全に遮断した静謐な空気に包まれていた。柔らかな接照が革張りのプライベートシートを照らし、シャンパングラスがかすかなエンジン音にわせて微かに震えている。
窓側の最列シートにく腰掛けていたのは、巨コングロマリット「氏(しんし)グループ」の最権力者にして現会、玉(しん・ぎょくきん)だった。
質素だが仕ての良い紬のアンサンブルにを包み、元のレザーファイルに挟まれた類に目を通している。グループ核事業の株式譲渡契約。、末端のメトロ航空を預けて経営の修をさせてきた息子・託(しん・たく)に、いよいよグループ本社の実権パーセントを譲渡するための最終確認類だった。
「玉会、ご依頼のあったプロジェクト決済案でございます。息子の託様のお誕にわせてサプライズでお渡しになるとか。本当に素らしい親でございますね」
仕える女性秘が恭しくコーヒーを注ぎながら微笑む。玉はふっと目元をらげ、窓のに広がる綿を見つめた。
「あの子に航空会社を任せてになるわ。
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そろそろ親のをれて、グループの核を担ってもいい頃でしょう。……それに何より、嫁の寄舟(きしゅう)のおかげよ。あの子がで支えてくれなければ、託の気と浪費癖ではここまで会社をきくできなかったはずだわ」
託の妻である寄舟は、に難事故で託に命を救われたことを恩義にじ、以来、貞淑な専業主婦として庭を守り、夫をて続けてきた。玉にとって、寄舟は実の娘以に誇らしく、慈しむべきだった。託には「の便で帰国する」と嘘を伝えてあった。驚く息子の顔を見るのが、母としての密かな楽しみだったのだ。
しかし、その穏やかな静寂は、キャビンを揺るがす甲い声によって無残に引き裂かれた。
「ちょっと! が腐ってんじゃないの!? エコノミークラスなんて負け犬が乗る畜に、この私が座ってられるわけないでしょ! 今すぐファーストクラスへアップグレードしなさいよ!」
通のカーテンを乱暴に引きけて現れたのは、派なブランドものの毛皮を羽織り、を撒き散らした若い女だった。濃いアイラインで吊りがった目をらせ、困惑するチーフパーサーの胸元を指先で突いている。
「申し訳ございません、お客様。本便のファーストクラスは全席満席となっております。
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すでに陸してシートベルト着用サインも点灯しておりますので、どうかご自のお席へお戻りください」
客乗務員が々とをげて宥めようとするが、女は嘲笑を浮かべて唾をばした。
「満席? 関係ないわよ! 誰か適当な貧乏を叩きして席を空けなさい! あんたたち、私が誰だか分かってを利いてるの!? 私はこのメトロ航空のCEO、託様の婚約者よ! 次期・夫の(はく・ろ)よ! 言うことを聞かないなら、全員着陸と同にクビに叩き落としてやるわ!」
その言葉がに入った瞬、玉のがピタリと止まった。
——メトロ航空のCEOの婚約者?
息子の託は、に寄舟と正式に婚姻届を提している。それなのに、婚約者だと?
玉がややかな線を向けると、はが物顔でファーストクラスの通を闊歩し、玉の座る席の真横でち止まった。老いたなりを見て、完全に「しい老」だと侮ったのだろう。
「おい、そこのババア。席を譲りなさいよ。寄りはエコノミーでさくなってればいいのよ。この席は私のものよ」
「……誰の婚約者だとおっしゃったのかしら」
玉が静かに、しかしをうようない声で問い返した。は勝ち誇ったように顎を突きし、自分の首を玉の目のに突きつけて見せた。
「がいのかしら! 氏グループの唯の跡取り、託様の婚約者よ! よく見なさい、このブレスレットを! に代々伝わる宝の腕輪よ! 託はね、私こそが真実のだって言ってくれたの。
にいる古臭い落ちぶれババアを追いしたら、すぐに私と盛な結婚式を挙げるのよ!」
突きされた女の首。そこに嵌められていたのは、見違うはずもない、最純度の翠玉が埋め込まれた宝の腕輪だった。
かつて、託と寄舟の結婚のに、玉が「の正妻の証」として、涙を流す寄舟の首に自ら嵌めてやった唯無の宝物だった。
「……なぜ、あなたがその腕輪を持っているの」
玉の声から、すべての体温が急速に消えっていった。