"濁流の中のSOS" 第3話
娘が隠していたもの
私たちは倒を伝い、どうにか川岸の浅い所へ移った。濡れたが体へ張りつき、のたいが容赦なく体温を奪っていく。に力が入らず、のへ座り込むしかなかった。
「あなた!」
私は流へ向かって夫を呼んだ。声はかすれ、川音に簡単にみ込まれた。もう度、今度は肺が痛むほどきく叫んだ。
「私たちはここよ!」
返事はなかった。
々の隙から、さっきを止めたの部が見えた。そこにはない。もない。救急を呼びにったのなら、携帯話で通報すればいい。なくとも川を探しながらる姿があってもいい。それなのに、夫は私たちを残して消えていた。
そこで私はようやく、事故ではなかったことを受け入れた。
を滑らせたのではない。私は背へい衝撃を受けた。夫は柵の壊れた所を最初からっているように歩き、私たちがへ戻ろうとした瞬にいた。そして川へ落ちた私たちを助けず、そのままちった。
「どうして……」
声にすと、というが気に崩れた。最は喧嘩がかった。の話をすれば鳴られた。私名義の貯を渡せと迫られた。けれど、夫婦ならそういう期もあると自分に言い聞かせていた。娘のためにしすればいい。庭を壊さないことが母親として正しいのだと信じていた。
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その夫が、妻と娘を激流へ落とした。
私は泣くことすらできず、の面を見つめた。
その、隣に座っていた凛が濡れたパーカーのポケットへを入れた。何度か指をかし、奥から黒いさな物を取りす。分い防ケースに包まれた、のひらほどの子器だった。
「それ……」
見覚えがあった。凛が学の頃、い塾へ通い始めたに持たせていた見守り用のGPS端末だ。学になってスマートフォンを持たせたため、もう使っていないとっていた。
ケースので液晶画面がくっていた。
《SOS送信》
赤い文字の横で位置報の印が点滅している。
私は凛の顔を見た。
「どうして、それを持ってるの?」
凛はしばらく黙っていた。に濡れた唇を震わせ、ようやくさく答えた。
「お父さんが怖かったから」
胸の奥をたいでつかまれたようだった。
「怖いって……どういうこと?」
「お母さんがいない、お父さん、全然違う顔するの」
凛はそれ以言おうとして、うまく声がなかった。私は急かさず、肩へ着をかけ直した。
しして、凛は途切れ途切れに話し始めた。私が仕事や買い物でを空けると、夫は凛を見張るような目で追い、い声で問い詰めることがあったという。ひとほどには、買い物へくと言ってへ乗せ、のない駐へ連れてかれた。
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「もし父さんと母さんが別れたら、どっちと暮らす」
そう聞かれた。
凛が答えられずにいると、夫は「母さんについてったら苦労するぞ。おは賢いから、どっちが得か分かるよな」と言ったらしい。
私は息を失った。
凛が最、夫とになるのを避けていた理由。卓で必以に静かだった理由。私が期だと片づけていた変化の裏に、恐怖があった。
「どうして私に言わなかったの?」
責めるつもりはなかった。けれど自分でもけないほど震えた声になった。
凛はうつむいた。
「言ったら、お母さんがお父さんと喧嘩になるとったから」
私は何も言えなかった。
娘は父親より先に、私が夫の顔をうかがってきていることを見抜いていた。
そして私を守るために、私には相談しなかった。
「それで、誰にSOSを送ってるの?」
端末の画面には、送信先としての名が表示されていた。
《さおりおばちゃん》
私の姉だった。
凛はかから姉へ位置報を送り続けていた。そして本当に危険だとった、このSOSボタンを押す約束をしていた。
「もし押したら、おばちゃんがすぐ警察に連絡するって」
その言葉を聞いた瞬、くのから、かすかにサイレンの音が聞こえた。