"濁流の中のSOS" 第1話
川へ向かう
「危ないよ。柵がくなってるところへかないで」
私は夫の背に向かって声をかけた。数から続いたで川は増し、濁ったが岩や流をのみ込みながら、を塞ぎたくなるほどの音をてて流れていた。けれど夫は振り返らない。まるで最初から所をっていたように、属製の柵が壊れてくなっている角へ、ためらいなく歩いていった。
そのは、族でをする予定などなかった。所の型スーパーで週分の料を買い、夕方になるにへ戻るつもりだった。トランクには肉や牛乳、凍品まで積んである。それなのに交差点で、夫はいつもとは違う方向へウインカーをした。
「どこへくの?」
助席から尋ねると、夫はを向いたまま「し回りして帰る」と答えた。声だけを聞けば、特別おかしなところはない。だが顎を引き、ハンドルを握る指に力を込める癖を私はっていた。嫌が悪い、話しかけるなという図のように見せる仕だった。
「でも、ものがあるでしょう。く帰った方がいいんじゃない?」
できるだけ柔らかく言ったつもりだった。夫はしばらく黙ったあと、「いい景が見えるところがあるんだよ」とく返した。その言葉には、これ以質問するなという固さがあった。
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ここ半ほど、私たちはのことで言い争うことが増えていた。宅ローン、娘の学費用、老への備え。どれも避けて通れない話なのに、夫は具体な数字をすと急に嫌になった。私が計簿を見せれば「おはだ」と切り捨て、結婚から持っている私名義の預についてまで、「夫婦なんだから俺がまとめて管理する」と通帳と印鑑を求めるようになっていた。
私は何度も断った。それが気に入らないことは分かっていたが、娘が学へがったばかりの期に庭を壊したくなかった。しすれば、また元に戻る。夫の嫌が収まれば普通に話せるもある。そうやって私は、自分に言い聞かせていた。
部座席には歳の娘、凛が座っていた。いつもなら買い物帰りには学の話をしてくれるのに、そのはに乗ってからほとんどをかなかった。ルームミラー越しに見ると、窓のへ顔を向けたまま、膝ので両をく握っている。
「凛、景を見にくんだって」
るく声をかけても、凛はさくうなずいただけだった。その横顔は青かった。最、凛は夫ときりになるのを極端に避けていた。夫がリビングにいると自分の部へ戻り、休も私の買い物について来たがる。私は期特の父親への反発だとい込んでいた。
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は宅を抜け、古いがまばらに残る郊を通り、やがてへ向かう細いへ入った。対向はほとんど来ない。携帯話を見ると、波表示もくなっている。自然に興などなかった夫が、なぜこんな所をっているのか。それを考えた瞬、胸の奥にたいものが沈んだ。
「本当に、どこへくの?」
もう度だけ尋ねた。夫は答えなかった。ハンドルを握る関節だけがく浮きがっていた。
やがて々の切れから、きな川が見えた。のが激しく渦を巻き、太い枝が信じられない速さで流へ運ばれている。もしが落ちたら、岸へ戻ることなどできない。そうった途端、私は無識にシートベルトを握っていた。
夫は川沿いのけた所でを止めた。エンジンを切り、「りろ」とだけ言った。
へると、湿った気が頬を打った。私はのくからかなかったが、夫は迷いなく川岸へ向かった。壊れてくなっている柵の所へ、直線に歩いていく。
その、背で部座席のドアがいた。凛がりてきて、私の背へ隠れるようにった。え切った指が、私の着の裾をくつかんだ。
「お母さん」
川音に消えそうな声だった。
「帰ろう」
振り向いた私は、そこで初めて娘の顔を真正面から見た。凛は震えていた。反抗期の嫌でも、父親への嫌悪でもない。
目のに何か恐ろしいものが迫っているとっているの顔だった。
私は凛の肩を抱き、夫との距を取った。
「そうね。帰ろう」
そう言っての方へ向き直ろうとした、その瞬だった。
背の央に、両で突きばされたような凄まじい衝撃がった。