"「施設へ行け」と家を追われた七十五歳、亡き妻の山で見つけた宝" 第19話
祝宴の乾杯と、酒『ふみ子』
厳かな神事のは、境内の満の桜ので、青空の祝宴が始まった。 机のには、集落の女衆が腕によりをかけた郷料理が所狭しと並べられた。 ハツが炊いた赤飯の湯気が甘く漂い、採れたてのコゴミやタラの芽のぷらがばしい匂いを放つ。 富からは峰酒造の蔵たちも駆けつけ、翔太の会社の同僚たちも、はるばる列を乗り継いで参列してくれた。 笑い声と歓声が、のあいに途切れることなく響き渡る。
宴が最潮に達した頃、峰酒造の当主・誠吾が静かにちがった。 そのには、まだ誰の目にも触れさせていない、本の瓶が恭しく抱えられていた。 沢を抑えたのラベルには、流麗な墨文字で、力く文字が刻まれていた。
【 ふ み 子 】
境内が、を打ったように静まり返った。 誠吾は参列者ひとりの顔を温かく見回し、よく通る声でをいた。 「皆様、本はのを寿いでいただき、より御礼申しげます。……この佳きにわせ、当蔵が全精力を傾けて醸した、特別な酒をお披目させていただきます」
誠吾は瓶をく掲げた。 「この酒は、源次郎さんが命がけで守り抜かれたあの裏の湧、そして源次郎さんがずから焼かれた至の炭を用いて、この、当蔵の杜氏たちが祈りを込めて仕込んだ最初の滴です。
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……銘柄の名は、このの発祥の主であり、源次郎さんの最の妻であられた、ふみ子様のお名を拝受いたしました」
源次郎は息を呑んだ。 何も聞かされていなかったのだ。誠吾はこのサプライズのために、の、誰にも告げずに試作をねていたのだ。 「ふみ子様が幼きよりされた甘いが、源次郎さんという潔な職の魂を経て、が娘と翔太君を結んでくれました。この酒は、ととの真実の絆がみした、奇跡の結晶でございます」
誠吾は歩み寄り、源次郎のの盃に、トクトクと澄み切った黄の神酒を注ぎ入れた。 「源次郎さん。最初の杯は、どうかあなたに」 源次郎は震える両で盃を押し戴いた。 面には、満の桜と、の青空が美しく揺れていた。 元に運び、静かに含む。
――舌のに広がる、圧倒な透。 雑など微もなく、柔らかな米の旨みがいたあと、ふわりと喉を滑り落ちていく。 そして、余韻として残る、あの清冽な甘み。 それは、半の初、横浜を追われて辿り着いたあの、裏の岩で両を濡らして啜った、あの妻の「甘い」のそのものだった。
「……うまい」 源次郎の目から、粒の涙が盃の酒にポロリと落ち、波紋を作った。 「……本当に、うまい酒だ……」
その瞬、境内割れんばかりの拍と歓声が巻き起こった。
藤がちがって哉を叫び、ハツはエプロンで顔を覆って嬉し泣きに暮れた。 翔太と由は、を取りって涙を流しながら笑いっている。 蔵たちによって樽酒が次々と振るわれ、集落の老たちも、都会から来た若者たちも、杯を交わして肩を組み、い、踊った。 その景を、源次郎は胸にを当てて見つめていた。 節くれったのひらので、臓が力く脈打っている。 妻が遺してくれた宝物が、今、ここに集うすべての々のを、温かなで満たしていた。