"「施設へ行け」と家を追われた七十五歳、亡き妻の山で見つけた宝" 第11話
富の蔵元と、命を結ぶ盃
初の音がすぐそこまでづいていたの旬。 鉛のが肌をく覆い、たい氷が枯れ葉を濡らす昼がりのことだった。 集落の急坂を、見慣れない品の良い国産セダンが、濘にを取られぬよう慎に登ってきた。 が源次郎ののにまり、運転席からりてきたのは、仕ての良いウールのハーフコートを羽織った代半の男性だった。ロマンスグレーの髪を綺麗にえ、温な目元の奥に、ひとつのに打ち込んできた職特の鋭敏なを宿している。
男性は軒先で薪割りをしていた源次郎の姿を認めると、に濡れるのも構わず子を取り、くをげた。 「突然の躾な訪問をお許しください。由の父で、富で造り酒を営んでおります峰誠吾(しらみね・せいご)と申します。……先は娘と翔太君が変お世話になりました」 誠吾は産の桐箱入り吟醸を差ししながら、照れくさそうにを掻いた。 「実は、娘が持ち帰ったあのおをいただいた瞬、体に流がるような衝撃を受けましてね。居てもってもいられず、仕込みのを縫ってをらせてまいりました」
源次郎は驚きながらも誠吾をへ招き入れた。 誠吾は板のにがると、まず仏のふみ子の遺のに端座し、持参した数珠をにかけて静かに掌した。
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その誠実なち居振るいに、源次郎の胸にあった警戒はすっと解けていった。 「どうぞ、裏へご案内いたします」 は傘を差し、に煙る裏の岩へと向かった。 苔むした崗岩の割れ目から、滾々と湧きる清流。 誠吾は袋をし、濡れた岩肌に膝をつくと、両で惜しげもなくを掬い、目を閉じてゆっくりとに含んだ。 数秒、の音と音だけが支配する静寂。 やがて目をけた誠吾の瞳には、い嘆のが溢れていた。
「……素らしい。由の言った通り、いや、それ以です。度の極めて贅沢な超でありながら、崗岩の層を数の歳をかけて潜り抜けてきたがゆえの、揺るぎないミネラルの骨格がある。酒米が持つ米本来の甘みを極限まで引きせる、奇跡のようなです」 囲炉裏端に戻ると、誠吾は自らの酒蔵の窮状を静かに語り始めた。 百続く蔵の敷にある古井戸の位が、隣のトンネル事の響で々し、質にもわずかな変化がじていたこと。先祖代々の酒造りを自分の代で終わらせてしまうのではないかと、夜も眠れぬ苦悩を抱えていたこと。
「さらに驚いたのは、娘がいただいたあの炭です」 誠吾は箸で囲炉裏の炭を指した。 「当蔵では、搾りたての原酒の雑を取り除く濾過程で炭を用います。
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源次郎さんの炭を専の検査関に回したところ、空隙率(くうげきりつ)の均さと度が極めてく、理な然フィルターになることが証されました。あの炭を焼いた方の誠実な魂が、そのまま炭の姿をしていると、杜氏たちも息を呑んでおりました」 そこへ、隣のハツが採れたての菜漬けを持って顔をした。 『佐伯さん、これべな。いつも戸やら障子やら直してもらってるお礼だよ』 ハツが笑顔でっていくろ姿を見つめながら、誠吾はく銘を受けたように頷いた。
誠吾は湯呑みを置き、板のに両をついて、々と額をげた。 「源次郎さん。躾を承で、命がけのお願いがございます。……この湧を当蔵の仕込みとして、そしてこの炭を濾過材として、使わせていただけないでしょうか。もちろん、正当な源使用料として契約を結ばせていただきます」 源次郎は困惑し、首を横に振った。 「峰さん。このは、き妻のまれ故郷の共の宝です。商売の種にして良いものかどうか……」 「おっしゃる通りです」誠吾は顔をげ、真摯な差しで言葉を継いだ。 「ですから、湧きしてのへ溢れる余剰分だけを、タンクで慎に汲ませていただきます。集落の皆様の活を脅かすような事は切いたしません。それに……私がこのに惚れ込んだのは、儲けのためではないのです。
来、娘が嫁ぐので、のを祝う最の婚礼酒を醸したい。……ととの尊いご縁を、この命ので結びたいのです」
源次郎は仏のふみ子の遺を見つめた。 写真のの妻が、『お父さん、お願いして』と、優しく微笑んでいるように見えた。 「……分かりました。ふみ子も、ぶといます。どうぞ、よろしくお願いいたします」 老いたの職は、囲炉裏のに照らされながら、力く両を握り交わしたのだった。