"「施設へ行け」と家を追われた七十五歳、亡き妻の山で見つけた宝" 第5話
打ち捨てられた廃と、溢れす宝
各駅とローカル線を何度も乗り継ぎ、窓の景がのビル群から黄に波打つ田へ、そして険しいい並みへと移り変わっていった。 昼過ぎ、源次郎は信州のあいに佇む、無駅の吹きさらしのホームにりった。 そこから本しか運していない町営のコミュニティバスに揺られること。折りのを登り詰めた終点でバスをりると、そこには見渡す限りの杉林と、を劈くほどの川のせせらぎが広がっていた。
集落の入りにある民を訪ね、鍵を預かってもらっていたの老・藤(えんどう・歳)に挨拶をした。 藤は突然現れた源次郎と呂敷包みを見て、ひどく驚いた様子だった。 「ふみ子さんの旦さんかい……! 奥さんがくなられたのはの便りに聞いたが、まさかあんたでここへみ着く気じゃあるまいな? あそこはもが入っとらん。根は落ちかけ、になりゃメートルもが積もる。都会暮らしの寄りがき延びられるような所じゃないぞ」 「覚悟のです。妻の故郷で、骨を埋めるつもりで来ました」 源次郎の揺るぎない差しに気圧されたのか、藤はそれ以何も言わず、錆びついた真鍮の鍵を渡してくれた。
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集落の最奥、急な坂を登りきった台に、妻の実は建っていた。 雑がい茂り、庭は腰のさまで(すすき)と藪に呑み込まれていた。トタンを葺いた平の瓦根は豪のみで央がわずかに窪み、戸は固く閉ざされたまま、軒には幾分もの杉の枯れ葉が堆積していた。 錆びた鍵を回し、力任せに引き戸をけると、カビと埃の混じったたい空気がを突いた。 漏りで腐った畳、で破れた障子、壁の剥落。 だが、からがり框を見げた源次郎の目は、職としての確かなを宿していた。 井を貫く欅(けやき)の黒柱と、斧(ちょうな)の削り跡が残る太い梁。それらは、百のを耐え抜き、いささかの狂いもなく垂直にち続けていた。 「……いいを使って建ててある。これなら、わしので直せる」 源次郎は仏の埃を払い、持参したふみ子の位牌を、のの最もい所へ静かに置した。 『ふみ子、帰ってきたぞ』
そして、源次郎は荷物を置き、にの裏へと回った。 杉の、苔に覆われた巨な崗岩の割れ目。 そこには、に訪れたとまったく変わらない姿で、滾々と清らかなが湧きしていた。 方形にくり抜かれた古い栃のの樋(とい)を満たし、溢れたが晶のような沫をげて、さなをサラサラと流れている。
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もの、が寄り付かなかったこの所で、このだけはも休むことなく、の鼓を刻み続けていたのだ。
源次郎は膝をつき、両でそのを掬いげた。 痺れるほどたい。、喉へ流し込む。 雑が切なく、舌のをふわりと滑り落ち、喉を通り過ぎたあとに、えも言われぬ柔らかな甘みがじんわりといっぱいに広がった。 「……ああ……本当に、甘いな……」 源次郎の目から、堰を切ったようにい涙が溢れし、樋の面を揺らした。 ふみ子が幼い頃にみ、最期までもう度みたいと願い続けた。 その清冽なわいのに、妻がきたすべての歳が溶け込んでいるようだった。
だが、この、源次郎はまだる由もなかった。 息子夫婦が「何の価値もない」と嘲笑い、打ち捨てたこの寒の片隅で、この湧が、そして妻が遺してくれた裏の々が、やがて本の名だたる酒蔵を震撼させ、己の運命を根底から覆す「途方もない奇跡」を引き起こすことになろうとは――。