"「施設へ行け」と家を追われた七十五歳、亡き妻の山で見つけた宝" 第4話
呂敷包みと夜けの別れ
その夜、源次郎はもできぬまま、線の燃え殻が落ちる微かな音にを澄ませていた。 夜。蝋燭のさな灯芯が揺れ、ふみ子の遺をほのかに照らししている。 「……ふみ子。わしの育て方が、違っていたんだろうか……」 遺のの妻は、何も言わずにただ優しく微笑んでいた。その穏やかな目元を見つめているうちに、源次郎の脳裏に、ふみ子が病で遺した最の言葉が鮮烈に蘇ってきた。 『のの裏の……もう度、お父さんと緒にみたかったね……』
ふみ子のまれ故郷である、信州の奥のさな集落。 両親が界したは、ふみ子の兄がで田畑を守っていたが、その兄もほどに病で急逝し、それ以来はずっと空きのまま放置されていた。兄には妻子がいなかったため、古い造と周囲の裏、荒れ果てた段々畑の権利は、妹であるふみ子が相続していた。 ふみ子は毎、役から届く固定資産税の納税通をにしながら、すまなそうに言っていたものだ。 『誰もまなくなっちゃったけど、どうしても放せないのよね。あそこには、お父ちゃんとお母ちゃんの汗と、私の子供の頃のいが全部詰まっているから……』 ふみ子がくなった直、遺産理の席ではそのの類を見るなり、で笑って投げ捨てた。
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『あんな陸の孤島みたいな奥のボロ、束文にもなりゃしないよ。固定資産税の無駄遣いだ。父さんの名義にでもしておけばいいさ』 そう吐き捨てられたおかげで、横浜の自宅を奪われた今、あの信州の奥のと古いだけが、奇跡に源次郎の単独名義のまま残されていたのだ。
(あそこへこう) 暗ので、源次郎のにさな灯が燈った。 見らぬ施設のたい鉄格子ので、息子の顔を窺いながらを待つくらいなら、妻がまれ育ち、妻がしたあの奥で、自らのでを耕し、命を全うしたい。 何より、ふみ子が最期まで恋焦がれていた「あの」を、もう度こので確かめてみたかった。
源次郎は音をてぬよう慎に押し入れをけ、古い唐模様の判呂敷を取りした。 まず、仏壇からふみ子の黒塗り位牌を取りし、妻が好んでにつけていた絹のスカーフで幾にも丁寧に包んだ。 次に、半世紀の職を共に歩んできた、鍛冶特注の鉋(おおがんな)をにとる。樫ので作られた台は、の使用によって源次郎の掌の形にすり減り、鈍い鼈甲のような沢を放っていた。 あとは、国民が振り込まれる通帳と認印、健康保険証、組の作業着と着替え、そして縁側で並んで撮った唯の記写真。
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をきてきた男の荷物は、その呂敷包みつにすべて収まってしまった。
机のには、が自分の名義で契約して持たせていたスマートフォンが置かれていた。 源次郎はそれを迷うことなく机の央へ置き、その脇にメモ用と鉛をらせた。 『世話になった。探さんでくれ』 わずかそれだけのき置きだった。
午。の空が群青からへと静かに変わり始めた頃、源次郎は呂敷包みをしっかりと胸に抱え、玄関のにりった。 古い革靴にを入れると、背の廊の板がギシと軋んだ。 振り返ると、パジャマ姿のが、寝ぼけを擦りながらトイレへ向かう途でを止めていた。 「……なんだよ親父。こんな朝っぱらから、どこへくんだ?」 「のにく」 源次郎は振り返らず、淡々と答えた。 「はあ? のって……母さんの実のことか? あんなぼうぼうの限界集落にってどうすんだよ。気もも通ってないような廃だぞ。何の価値もないって言っただろ」 「あそこには、ふみ子との約束がある」 「わけのわからないこと言って……どうせ、もすりゃ音をげて戻ってくるに決まってるさ。勝にすればいいよ」 はきなあくびをつ噛み殺すと、それ以引き止める言葉つかけることなく、寝の奥へと消えていった。
カチャリと、玄関の鍵をける音が朝の静寂に響いた。 へた源次郎は、扉ので度だけち止まり、くをげた。 ふみ子とで汗流して築き、笑い、暮らしたがへの、これが今の別れだった。 坂をり始めると、朝刊を配る聞配達のバイクの音がくから聞こえてきた。 ええとしたの暁の、老いた職はただだけを見据え、駅へと向かうを歩みしたのだった。