"「施設へ行け」と家を追われた七十五歳、亡き妻の山で見つけた宝" 第3話
お盆の線と夜の宣告
の半ば。初のが微かに混じる頃、ふみ子の盆(初盆)が巡ってきた。 例であれば、ふみ子が朝くからキュウリとナスに爪楊枝を刺して精霊馬を作り、夕暮れには玄関先で焙烙(ほうろく)に素焼きのおがらを焚いて、で静かにをわせるのが恒例の習わしだった。 き妻の魂が初めてへ帰ってくる、何よりも切な。 ところが、そのお盆の初の朝、と麗子は鮮やかなゴルフバッグと型のキャリーケースをに積み込んでいた。 「父さん、俺たち今から軽井沢のの別荘にってくるから。泊だから、戸締まりはしっかり頼むよ」 はのキーを指先で回しながら、父親の顔も見ずに告げた。 「……。今はおの母親の、盆だぞ」 源次郎が震える声を絞りすと、助席に乗った麗子が窓から呆れたような線を投げかけてきた。 「お父様、お母様はもうお墓にいらっしゃるんですから、どこにいようと同じでしょう? 私たちは頃の仕事で疲れているんです。せっかくの連休くらい、羽を伸ばさせてくださいな」 級セダンは砂利をねげ、猛スピードで坂をっていった。
源次郎は、静まり返った台所にった。 使い慣れない包丁を握り、ふみ子の仕を記憶の底から繰り寄せながら、揃いなキュウリの馬とナスの牛をこしらえた。
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のさが揃わず、傾いてしまう精霊馬。 それでも源次郎は、それを丁寧に仏壇のに供え、庭の百(さるすべり)のを輪添えた。 夕がを包み込む頃、玄関先にしゃがみ込み、おがらにマッチでを点けた。 ゆらゆらとちるい煙が、茜の空へ吸い込まれていく。 「……ふみ子、帰っておいで。迷わんようにな……」 通りかかった所のが「佐伯さん、おですか……?」と気遣わしげに声をかけてくれたが、源次郎はたださくをげることしかできなかった。 息子夫婦の酷さにりを覚えることすら忘れ、ただただき妻への申し訳なさで胸が張り裂けそうだった。
そして、残暑の厳しいのある夜。運命の歯が完全に砕け散る瞬が訪れた。 夜を回った頃、酒の匂いを漂わせたが帰宅した。苛ちを隠そうともせず、玄関の引き戸を乱暴に閉める音がに響き渡る。 源次郎が自でふみ子の古い写真を眺めていると、襖が乱暴にけ放たれ、が冊のいカラーパンフレットを畳のに放り投げた。 バサリという無質な音が、静寂を切り裂く。
「父さん、これ。施設のパンフレット置いとくからさ」 は腕を組み、仁王ちのまま見ろしてきた。 源次郎は畳のの冊子を、おそるおそる拾いげた。表には、見らぬ郊の介護付き老ホームの写真と、『豊かな晩を、のサポートで』という煌びやかな文字が躍っていた。
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所は、横浜からとバスを乗り継いで以もかかる、静岡の裾だった。 「……。世帯宅に建て替えて、緒に暮らすという話は……どうなったんだ」 源次郎の問いに、は鬱陶しそうにを掻いた。
「ああ、あれね。状況が変わったんだよ。会社の業績がちょっと厳しくてさ、建て替えローンなんて組める状態じゃないんだ。それに、父さんもこれからどんどん体がかなくなるだろ? 麗子だってパートにて忙しいんだから、老のの世話まで押し付けられたら庭が崩壊するよ。施設に入った方が、プロが見てくれるんだからじゃないか」 「俺は……まだ自分のことは自分でできる。どこも悪くはない」 「そういうを張るのが番迷惑なんだよ!」 が突如として声を荒らげた。 「俺たちがどれだけ気を遣って同居してやってるか分かってんのか!? 父さんがここにいるだけで、の空気がくなるんだよ! 別に追いそうってわけじゃない、父さんのためをって言ってやってるんだ。来末までに荷物をまとめておいてくれよな」 はそう吐き捨てると、襖をピシャリと閉めてに居へと戻っていった。 廊の向こうから、麗子のひそひそ声が漏れ聞こえてくる。 『ちゃんと言ってくれた?』 『ああ、言ってやったよ。
入居は、このを担保にしてから借りる算段もつけてあるから問題ない』
源次郎は、パンフレットを膝に乗せたまま、蝋形のように直していた。 (そうか……最初から、このが目当てだったのか) 建て替え同居という甘言で実印を押させ、名義を奪い、今度は用済みとなった父親を奥の施設へ追いやる。 りやみは、議と湧いてこなかった。 ただ、自分が慈しみ、育てげてきたはずの息子が、これほどまでに浅ましく酷なに成り果てていたという事実が、底なしの虚無となって老いた体を打ちのめしていた。