"箱詰めされた母の人生" 第17話
同じ段ボール、違う
母が居へ移ってちょうどの、私たちは最までけずに残していた段ボール箱を理した。
箱のには、実から持ってきた古い写真やが入っていた。
父と母が若い頃の写真。
私が学だったの通表。
母のにいた幼い字の。
「こんなのまで取ってたの?」
「捨てられなかったのよ」
「あれ? 物は物って言ってなかった?」
「これは別」
母は真顔で言ったあと、自分で笑った。
箱の底から、あの柄のカップと同じシリーズの皿がてきた。
「懐かしい」
「それ、歩美がカップと緒に買ってくれたのよ」
「覚えてない」
「私は覚えてる」
母は皿を丁寧に洗い、器棚へ置いた。
私は段ボール箱を畳みながら、のことをいした。
同じような箱に荷物を詰めていた母。
でもあのは、「娘に嫌われた自分が消えるため」の箱だった。
今、この箱は「自分で選んだ暮らしへ持ってきたもの」を入れていた。
から見れば同じ引っ越しでも、はまるで違う。
「歩美」
母が台所から呼んだ。
「何?」
「今、夕飯べていく?」
「何作るの?」
「魚。噌汁もある」
私は計を見た。
以なら仕事のメールを確認し、「今は帰る」と言っていたかもしれない。
「べる」
「じゃあ分ね」
母は嬉しそうに蔵庫をけた。
夕を待ちながら、私はふとった。
私たちは完璧な親子ではない。
忙しければ話が面倒なもある。
母の配がし過剰だとじるもある。
母だって私に言わず、勝にしてしまうことが今でもある。
でも以とつだけ違う。
違を放置しなくなった。
誰かから何かを聞けば、直接確認する。
「本当にそうってる?」
たったそれだけの言が、私たちのにはある。
輔はその言が交わされないよう、かかけて私たちをざけた。
だからこそ今、そのい問いかけがどれほど切か分かる。
夕ができると、母が向かいの席へ座った。
噌汁の湯気ががり、焼き魚の匂いが部に広がる。
何でもない夕だった。
でも、その何でもないを、私は以よりずっと切にじていた。