"箱詰めされた母の人生" 第7話
母が自分で「止める」と言った
翌朝、母は自分から齢者向け宅のさんへ話をかけた。
私はすぐそばにいたが、代わりに説しようとはしなかった。
「先はありがとうございました。入居のことなんですけれど、正式に取りやめたいといます」
母の声には迷いがなかった。
話を終えると、し肩の力が抜けたようだった。
「自分で言えた」
「うん」
「昨までなら、歩美から言ってもらってたかもしれないわね」
母は苦笑した。
私はそこで初めて、「母を守る」ことと「母の代わりに全部決める」ことは違うのだと気づいた。
輔は母から選択する力を奪おうとした。
それにった私まで、正反対の方向から母のを代わりに決めてしまえばがない。
「お母さん、はどうしたい?」
母はすぐには答えなかった。
「今すぐ決めなくていいよ」
「本当はね」
しばらくして、母が言った。
「このにずっといるのは、し変になってきたとってたの」
膝の痛みは嘘ではない。
階へがる回数も減り、庭の入れも以ほどできない。
「でも、輔さんに急かされていたとは違う。今すぐなきゃいけないとはってない」
「なら、それでいい」
「自分で考えていいのね」
私は胸が詰まった。
「もちろん」
母は窓から庭を見た。
「お父さんとのいもいから、売るならちゃんと納得してからにしたい」
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そのの午、産会社の田辺さんへ連絡し、売却活をいったん止めることにした。
田辺さんは事を聞いても余計な詮索をせず、「幸子さんのごが固まってから改めて考えましょう」と言ってくれた。
に戻ると、私たちは途まで詰めていた荷物をしずつ元へ戻した。
茶碗、湯み、父の写真、古いアルバム。
私が歳のに贈った柄のカップを器棚へ戻すと、母が笑った。
「これ、まだ割れてなかったのね」
「ずっと使ってたんだ」
「もったいなくて、たまにしか使わなかったけどね」
「使ってよ」
「じゃあ今から毎使う」
そんな何でもない会話が、たまらなく嬉しかった。
以なら、私は母から話が来ると、仕事の途でし面倒にじることもあった。
だから輔の「距を置きたい」という言葉に、どこか自分のろめたさをねてしまったのだ。
母もまた、私が忙しそうにしていれば「迷惑をかけてはいけない」と話を控える。
互いをって黙る。
その隙に、輔は入り込んだ。
「これから、つ約束しよう」
私は母に言った。
「誰かから『歩美がこう言っていた』って聞いたら?」
母はし考えて、笑った。
「歩美に直接聞く」
「私も同じ。『お母さんがこう言ってる』って誰かに聞いたら、お母さんに聞く」
母はきく頷いた。
その夜、自宅へ戻るに私は母へ聞いた。
「で丈夫?」
「丈夫。でも今は、丈夫って言って無理してるんじゃないわよ」
母の返事に、私はし笑った。
自宅のマンションへ戻ると、輔の荷物は部なくなっていた。
テーブルにはいメモが残されていた。
《しばらく母さんのところへく。落ち着いたら話したい》
私はそのを読んでも、追いかけたいとはわなかった。
代わりに、翌、弁護士へ相談する予約を入れた。
婚だけでなく、輔の借と自分の財産を切り分けるためだった。
そして相談のために計資料を理し始めた、私はもうつの事実に気づく。
輔が、借だけでなく、ボーナスの額や個名義の支まで私に偽っていたことが分かったのだ。