"「少しくらい困ればいい」母をSAに置き去りにした夫の本当の狙い" 第17話
許しを求めるたち
、雅から私へ連絡が来た。定をに会社を期退職し、方の物流会社で働くことになったという。齢者施設の仲介事業には関われず、資の部も戻らなかった。彼は経済に破綻したわけではないが、予定していた老とはきく違う活になった。
雅は母へ直接謝りたいと求めた。私は伝言だけを母へ渡した。母は考え、駅の喫茶で分だけ会うことを選んだ。私も達郎も同席せず、域包括支援センターの職員がしれた席に座った。
面会所もも母が決め、職員には終刻になったら声をかけてもらった。雅が引かせても、母自がちがって説する必がないようにするためだった。全策を用することは、母がいと決めつけるのではなく、自分の決定を守れる環境を作ることだった。
で母から聞いた話では、雅は置きりとの受取りを謝ったが、「直哉の将来を考えた」「介護の負担で追い詰められていた」と説をねたという。母は最まで聞き、許すとは言わなかった。
「あなたが苦しかったことと、私を怖がらせたことは別です。私はもう、あなたに活を伝ってもらいません」
雅は、せめて族として正に会えないかと頼んだ。母は断った。
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未来永劫会わないと宣言するのではなく、次の正は会わないと自分で決めた。許しを度の面会で差しさない権利もある。
達郎との関係も以よりくなった。保険を減らされたことを、彼は完全には納得していない。母を助けた功績を親戚の集まりで何度も話し、には自分がいなければ変だったと誇った。母は謝しながらも、毎週の話を回へ減らした。
「助けてもらったをざけるなんてかしら」
「お母さんが疲れるなら、回数を決めていいとう」
以の私は、角がたない答えを探しただろう。今は、関係を続けるために距を置く選択もあると伝えられた。
直哉は返済始から、度も遅れなかった。古のは諦め、勤務先で備の資格を取り直している。母はまだ会わなかったが、誕に届いただけは封した。そこには許してほしいではなく、今も返済したことと、祖母の印鑑を押したの自分の判断をいていた。
紗季は兄としずつ連絡を再した。ただし父への取りなしも、祖母との仲介も引き受けないと条件をつけた。族だから何でもつなぐ役をに押しつけない。私たちはようやく、それぞれの問題を本へ返すようになった。
そのの暮れ、親戚の集まりはかなかった。
叔母たちは以のように「族なのだから度集まれば」と勧めたが、私は同席するだけで解したように扱われるへかないと決めた。母も紗季も別々に断り、それぞれの末を過ごした。
雅は叔母へ、自分だけが排除されていると訴えたらしい。叔母は私へ取りなしを頼んできたが、私は雅の連絡先も、謝罪の会も奪っていないと説した。会うかどうかを相が決めることと、仲れにすることは違う。叔母も完全には納得しなかったが、それ以は迫らなかった。
元の朝、母は所の神社へで歩き、帰りに私の部へ寄った。直哉の話も雅の話もせず、で雑煮をべた。特別な解がなくても、静かなを守れることが、そのの私たちには番きな回復だった。