"残高ゼロの通帳" 第3話
封印されたつの約束
信吾の頂部を見ろしながら、ゆきの脳裏には、ちょうどの景が鮮に蘇っていた。
の、営宅で暮らしていた義父が歳で急逝した。朝、聞を取りにた玄関先で筋梗塞を起こし、あっけない最期だったという。残された節子を案じた信吾が、の終わりに卓に両をついてをげてきた。
『母さんをにしておくのは配なんだ。だけでいいから、うちで緒に暮らせないかな。もしやってみてどうしても無理なら、そのは別居を考え直すから』
普段は滅に頼み事をしない夫が、必の形相で懇願してきたのだ。配偶者をくしたばかりの齢者を無にはできず、ゆきはその同居を受け入れた。
同居が始まる夜、を隠せないゆきに対し、信吾はこのダイニングテーブルで枚の便箋に自でつの誓約をき付け、渡してくれた。
『、ゆきのおとゆきの私物には、母さんを切しさせない』 『、母さんのことでゆきが困ったら、俺が盾となって母さんに言う』 『、が経過したら、同居を続けるかどうか必ずで話しって決め直す』
末尾には『笠原信吾』の署名と付が入っていた。
法効力などない、ただの夫婦の約束事だった。しかし、信吾が妻のを守ろうとしてくれたその姿勢が嬉しくて、ゆきはその便箋を切な類ファイルに挟み、肌さず保管してきたのだ。
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しかし、同居が始まって半も経つと、その約束はっ端微に砕け散っていった。
最初は慮がちに「悪いわね、何から何まで」と皿洗いを伝っていた節子は、次第に本性を現した。ゆきが残業で遅くなれば「信吾がお腹を空かせてるのに、嫁のくせに夕飯も作らないで」と鳴り散らし、休に掃除をかければ「埃がってテレビが聞こえない」と骨に嫌な顔をした。曜の昼、自分と信吾の分だけ焼きそばを作り、ゆきには「ダイエットなんでしょ」と空の卓を指差した。
ゆきが耐えかねて信吾に相談しても、返ってくるのは決まって同じ言葉だった。
『寄りなんだから仕方ないだろ。父さんがんでまだ気がってるんだよ。ゆきの方がなんだから、うまく受け流してくれよ』
信吾にとっての「庭の平」とは、母親が嫌にならないことであり、その平を維持するためのコストは、すべて妻であるゆきの忍耐と財布から支払われていた。
そして、先週の曜——は、同居始からちょうど「」の期だった。
ゆきはその、信吾が自発にあの便箋の約束をいし、「経ったけれど、これからどうしようか」と切りしてくれるのを、息を殺して待っていた。しかし、信吾は何わぬ顔で節子を連れてホームセンターへ買い物にかけ、夜はで黙ってテレビのバラエティ番組を眺めてを終えた。
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約束を覚えていたのは、このでゆきだけだったのだ。
「……信吾さん。もう度だけ聞くわ」
ゆきは静かに息をえ、く澄んだ声で問いかけた。
「私が毎、このにいくらおをしているか、ってる?」
信吾は箸を止め、首を傾げた。
「え? 費だろ? 、万くらいじゃないのか?」
「……」
ゆきは言葉を失った。
費だけで万。気とガスで万千。用品が万千。ネット回線が千。費と節子に頼まれる買い物が万千。毎きっちり万円が、ゆきの座から消えている。
信吾ののでは、妻の労働も、妻の資も、しないも同然の空気のように消費されていたのだ。
「ほらね、信吾もいいって言ってるじゃない!」
節子は勝ち誇ったようにチラシを引き寄せ、余に『信吾も承済み』とし、今の付をき添えた。契約に裏きでもするかのような、慣れた致だった。
「文句があるなら、このからていけばいいのよ。ここは信吾がローンを払ってる、信吾のなんだからね。まわせてもらってる分際で、偉そうに答えするんじゃないわよ!」
『まわせてもらっている』。
その言葉が、リビングの空気を完全に氷結させた。
節子の部のエアコンも、毎晩寝ているしいベッドも、毎回している型洗濯も、すべてゆきの料から括で支払ったものだ。
その恩恵を貪りながら、この老婆は平然と嫁を居候と呼び捨てにした。
ゆきは信吾の顔を見た。
信吾は、元の麦茶を静かにみ干した。氷がカランと音をてた。
夫は、何も言わなかった。
母親の「ていけ」という暴言を、ただ黙って、喉の奥へとみ干した。
それが、連れ添った夫のした、最終回答だった。