"すり替えた味噌汁" 第4話
崩れ落ちた母親と廊の着信
午分。
京都千代田区、霞が関の法務省同庁舎。い井を持つ静謐な廊には、全国の修習から集まった精鋭たちが、緊張した面持ちで子に腰掛けていた。
誰もが分い判例集や訴訟実務のノートに目を落とし、最の確認に余がない。
玲奈もまた、パイプ子に背筋を伸ばして座り、膝のにノートを広げていた。しかし、その黒インクの文字は、ただの記号のように網膜を滑り落ちていくだけだった。
指先がたく凍りついている。
ポケットののスマートフォンが、く震えた。
メッセージアプリの通画面。義妹の彩佳からのメッセージだった。
『お姉さん、無事に面接会の学に着いたよ! 受付も終わった。お互い全力を尽くそうね!』
玲奈はさく息を吐き、「落ち着いて、自信を持ってね」とだけのでじ、画面を伏せようとした。
その刹だった。
ブブブブブッ、ブブブブブッ!
静まり返った法務省の廊に、けたたましい着信バイブレーションが鳴り響いた。画面に浮かびがった発信者名は「神田裕」。
周囲の修習たちが斉に怪訝な線を向けてくる。玲奈は係員に軽く礼し、に廊の突き当たり、非常階段の踊りへと移した。
通話ボタンをスワイプする。
「……もしもし、玲奈です」
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『玲奈! 今どこだ!? まだ面接始まってないか!?』
話からび込んできたのは、これまで聞いたこともないほど狼狽した裕の鳴り声だった。背からは、具を叩きつけるような鈍い物音と、狂乱した女の泣き叫ぶ声が響いている。
「法務省の控です。もうすぐ私の順番が来ます。何があったの?」
『母さんが……母さんが狂っちまったみたいなんだ! 彩佳が会に着いたって連絡があった直から、彩佳の携帯に何回も鬼のようにリダイヤルし始めて……!』
当然だった。教員採用試験の会に入れば、受験はスマートフォンの源を切るか内モードにすることが厳格に義務付けられている。話がつながるはずがなかった。
『繋がらないって分かった瞬、母さんがリビングのに倒れ込んで……「彩佳がんじゃった、あの子がんじゃった!」って、髪を振り乱して泣き叫んでるんだ!』
裕の声は、恐怖と混乱で激しく震えていた。
『俺がいくら理由を聞いても、「あの子じゃなかったのに、あの子の椀じゃなかったのに!」って叫ぶだけで……玲奈、体何が起きてるんだ!? お、今朝の噌汁に何をしたんだよ!?』
暗い非常階段の気が、玲奈の全を包み込んだ。
義母の自爆は、像していたよりも遥かにく、そして無残な形で訪れていた。
玲奈はすりを固く握りしめ、く研ぎ澄まされた声で答えた。
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「裕、落ち着いて私の言うことを聞きなさい」
『落ち着いてられるかよ! 母さんが過呼吸を起こしかけてるんだぞ!』
「彩佳は無事よ。彩佳は何の薬もんでいません」
『……は? 薬……? 何を言って——』
「私が今朝、卓で交換したつの椀は、どちらもお鍋からしくよそった全な噌汁です。誰もあの審な噌汁はにしていません」
話の向こうで、裕の荒い呼吸がピタリと止まった。
『じゃあ……母さんが言ってる、あの椀は……』
「台所の最段、鍋のろに隠してある密閉タッパーのです。お義母さんが私の椀に何かを入れているのを、私はこの目で見ました。だから、そのをすべてタッパーに移し替えて証拠保全したの」
裕の絶句する気配が、波を通じて伝わってくる。
「お義母さんはね、自分が私を陥れるために仕込んだ毒を、最の娘がみ干したとい込んでパニックを起こしているのよ」
『な……そ、そんな……母さんが……おに毒を……? 嘘だろ……?』
「嘘じゃありません。裕、今すぐ警察を呼びなさい」
玲奈の徹な言に、裕が鳴のような声をげた。
『け、警察!? 待てよ玲奈! 内のことじゃないか! まずはので話しって——』
「何を話しうの? 族の事に薬物を混入する為が、話しいで済む問題だと本気でっているの?」
玲奈の声に、切の迷いはなかった。
「私はこれから、国の刑罰権を担う検事の任官面接を受けるです。
その私が、目ので起きたな犯罪為を内で揉み消すことなど、絶対に許されません。タッパーには絶対に触らず、直ちに〇番通報して警察に証拠を引き渡しなさい」
『玲奈、頼むから……母さんなんだぞ!』
「夫であるあなたにとっても、これが最の試よ。警察を呼べないなら、私が面接を辞退して今すぐ法務省から通報します」
ガチャリ、と話を切った。
ツーツーという無質な発信音。
玲奈は壁に背を預け、たいコンクリートの触を全で受け止めた。
指先が、微かに震えていた。
毅然と言い放ちながらも、臓は引き裂かれそうな痛みを訴えていた。自分が族として受け入れようとしていた相から、そこまでい悪を向けられていたという事実。
その、階段のい鉄の扉がき、係官が顔を覗かせた。
「——神田玲奈さん。次、お入りください」
運命の扉が、音をててかれた。