"すり替えた味噌汁" 第3話
喉元で止まった箸
節子の血相の変わりようは、尋常ではなかった。目を見き、両をテーブルに叩きつけるようにしてちがっている。
彩佳が椀を持ちげようとしたを止め、怪訝そうに母親を見げた。
「お母さん、何よ急に声して。びっくりするじゃない」
「だ、だって……わざわざ椀を交換するなんて、自然じゃないの! 同じお鍋からよそったものなら、どっちをべたって同じでしょう!」
節子の線は激しく泳ぎ、額には脂汗が滲んでいた。指先が刻みに震え、エプロンのポケットを無識に握りしめている。
玲奈は静かに背筋を伸ばし、義母の揺を正面から見据えた。
「お義母さん、何か問題でもありましたか? 同じお噌汁なら、交換しても何も困ることはないはずですが」
氷のように澄んだ玲奈の問いかけに、節子は言葉を詰まらせた。
「そ、それは……そうだけど……」
理由を言えるはずがなかった。「その椀には私が玲奈を眠らせるための薬を入れたから、彩佳にはませられない」などと、自できる理がない。
彩佳は母親の異様な剣幕を議がりながらも、ちる湯気に顔をづけた。
「いから気をつけてってこと? 丈夫だよ、ましながらむから」
彩佳が椀にをつけようと傾けた、まさにその刹だった。
「彩佳ッ!!」
節子がテーブル越しにを乗りし、ほとんど絶叫にい声で娘の首を掴みかけた。
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「お母さん、痛い! 何なの本当に!」
「あ、いかもしれないから! ほら、急いでんだら傷するわ! もうしましてからにしなさい!」
彩佳は眉をひそめながら、椀からだけ汁をすすった。
「……別に普通だよ? くないし、いつものお噌汁だよ。美しいよ、お母さん」
節子の顔から、完全に血の気が引いていった。
娘がんだ。あの薬入りの噌汁を、とはいえ確実にみ込んでしまった。
節子の脳内では、その恐るべき誤認が現実として定着していた。
玲奈もまた、元の椀を持ちげ、静かにんだ。汁の利いた、何の変哲もない温かい噌汁のが広がる。
「ええ、とても美しいです、お義母さん」
玲奈が平然とした顔で微笑みかけると、節子はまるで幽霊でも見るかのようにずさり、ダイニングの壁に背を打ち付けた。線は彩佳の唇と、平然と事を続ける玲奈のを狂ったように往復している。
玲奈は膝のでスマートフォンを操作し、階の寝でまだ眠っているはずの夫・裕宛てにいメッセージを打ち込んだ。
『台所の棚の最段、鍋のろにある蓋付きのタッパー。絶対に誰も触らせないで。そのままにしておいて』
送信ボタンを押し、画面を伏せる。
「ごちそうさまでした。彩佳、そろそろましょうか」
「うん、こう!」
彩佳がちがり、玄関へ向かって歩きす。
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「彩佳! 待ちなさい、彩佳!」
節子がすがるようなつきで娘の腕を掴んだ。その瞳には、狂気じみた焦燥と涙が溢れ返っていた。
「彩佳、本当に気分は悪くないかい!? お腹が痛いとか、目眩がするとか、眠気はないの!?」
「全然平気だよ。しかんでないし。それよりお母さん、がないの。してよ!」
「今……今受けなくてもいいじゃない! 来だってあるわ! 無理しちゃダメよ!」
「何言ってるの!? 度目なんだよ! 今受けなきゃ私の教員へのは終わっちゃうんだよ!」
彩佳は母親の異常な引き止めを力ずくで振り払い、革靴を履いて玄関のドアをけた。
「ってきます!」
「彩佳ーッ!」
ドアが閉まる音。節子は崩れ落ちるように玄関の框にを突き、肩を激しく震わせた。
玲奈は静かにコートを羽織り、革のブリーフケースをにして玄関へりった。
その元にすがりつくように、節子が怨嗟の籠もった目を向けた。
「玲奈さん……あなた、本当に何ともないの……?」
「はい。全く」
玲奈は瞬だけ線をわせ、酷なまでに瞭に答えた。
「も冴えていますし、眠気も切ありません。それでは、検事任官の選考にってまいります」
踵を返し、ドアをけてへる。
のたい朝のが、照った頬を叩いた。
背で閉ざされたドアの奥から、ガタガタと物が倒れる音と、夫・裕の階段を駆けりてくる音が微かに響いていた。
玲奈はち止まることなく、最寄り駅へ向かって歩きした。
自らの志で選び取った未来を守るための、絶対に負けられない戦いが始まろうとしていた。