"すり替えた味噌汁" 第2話
すり替えられた椀
「事なだからね。しっかり朝ごはんをべていかないと」
節子は額に浮かんだ微かな汗をエプロンの端で拭い、無理やり作った歪な笑みを浮かべた。その線は、玲奈の顔ではなく、卓の端に置かれたつの椀へと神経質に向けられている。
玲奈は静かに卓へと歩み寄った。
自分の席のに置かれた目の椀を見ろす。湯気はすでにち消え、表面の赤噌の油膜がわずかに淀んでいた。
「お噌汁、しめてしまっていますね」
玲奈がそう言って椀の縁に指を添えた瞬、節子の目が鋭く見かれた。
「そ、そうかしら? まだ分温かいとうわよ。めないうちにくみなさいな」
「いえ、私、たい汁物はし苦ですので。お鍋で温め直してまいりますね」
「待ちなさい! わざわざ温め直すほどのことじゃ——」
節子が伸ばしてきた制止のを、玲奈はをかわすように自然な作で避けた。椀を両でしっかりと抱え込み、台所の奥の調理スペースへとに入り込む。
背に突き刺さるような義母の線。玲奈は換気扇を回し、その轟音で元の音を遮断した。
椀のには、切をつけない。匂いを嗅ぐことも、指を入れて温度を確かめることもしなかった。司法修習で学んだ証拠保全の原則が、咄嗟のを支配していた。
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玲奈は蔵庫の横の棚から、密閉式の清潔な保タッパーを素く取りした。ゴムパッキンのついた蓋をし、椀のの噌汁を最の滴まで慎に流し込む。蓋を方の爪でパチンと音をてて密閉すると、タッパーの側をペーパータオルで拭い、棚の最段の奥く、普段は誰もを伸ばさない鍋のへと押し込んだ。
コンロののホーロー鍋には、まだたっぷりと沸かしたての噌汁が残っていた。義母が何のも加えていない、全な汁物。
玲奈は器棚からしい製の椀をつ取りし、お玉で々の噌汁を均等によそった。
「おはようございます。すごく眠い……」
背から、あくびを噛み殺した彩佳の声が響いた。リクルートスーツにを包み、髪をろでつに束ねた義妹が、目をこすりながら階段をりてきたのだ。
「彩佳、今は寝ぼけているじゃないでしょ。度目の正直なんだから」
玲奈がるい声をかけると、彩佳は照れくさそうに笑いながら卓の子を引いた。
「分かってるよ、お姉さん。でも、臓がからそう」
節子がすかさず彩佳のにみた。その声は、玲奈に向けるものとは打って変わって、過保護な甘さに満ちていた。
「彩佳、事な面接なんだから、しっかりお腹に入れていきなさい。お母さんがを込めて作った朝ごはんだからね」
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「うん、いただきます」
玲奈は台所から戻り、にしたつのしい椀のうち、つを自分の席へ、もうつを彩佳の席のに置いた。
節子は、玲奈の元をじっと凝していた。
義母の目には、玲奈が「最初に置かれていた椀を温め直して持ってきた」のか、それとも「しくよそい直した」のか、正確には判別できていないはずだった。
玲奈は子に腰をろすと、彩佳に向かってごく自然な調子で声をかけた。
「彩佳、そっちの椀の方が具材がくてそうよ。私、猫舌だから交換してくれる?」
「え? うん、別にどっちでもいいけど」
彩佳が気軽に応じ、を伸ばす。
玲奈は義母の目ので、彩佳の椀と自分の椀を、そっと入れ替えてみせた。
どちらの椀も、玲奈がしく鍋から注いだ完全に無害な噌汁である。しかし、義母の主観においてはどう映るか。玲奈が「薬物を混入された危険な椀」を、最の娘である彩佳のに差ししたように見えたはずだった。
その瞬、節子の息が喉の奥で詰まった。
「な……ッ! なんでそんなことするの!?」
節子の鳴のような切り声が、朝のダイニングに炸裂した。