"すり替えた味噌汁" 第1話
台所のとつの分岐点
のえ切った朝、午をらせる目覚まし計の子音が、静まり返った寝にく響いた。神田玲奈(れな)は、い瞼をゆっくりと持ちげた。浅い眠りの底から引きずりされた体は張り、胸の奥で臓が普段よりもしだけ速いリズムを刻んでいる。
「……もう起きたの?」
隣の布団で寝返りを打った夫の裕が、微かに目をけて掠れた声を漏らした。歳。元の堅械メーカーの総務部に勤める裕は、いつも温で波をてることを極端に嫌う男だった。
「ええ、今起きたところよ。……し緊張しているみたい」
「玲奈なら絶対に丈夫だよ。今まであんなに頑張ってきたんだからさ」
裕は穏やかに微笑むと、再び掛け布団を引きげ、静かな寝息をて始めた。妻がこれから挑もうとしている関のみを、彼は本当のでは理解していないようだった。
今というは、玲奈のにおいて最も決定なだった。学院を修し、司法試験に格したに続いてきたく過酷な司法修習。その集成となる「検事任官」の最終選考面接が、午から法務省の特別会議でわれる。法を司り、社会の正にち向かう検察官のへめるか否か。その審判が今、されるのだ。
しかし、このでの巨な分岐点にたされていたのは、玲奈ではなかった。
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階の奥の部には、裕の妹である彩佳(あやか・歳)が眠っている。彼女にとっても今は、を懸けた度目の学教員採用試験の最終面接だった。過、記試験は難なくパスしながらも、面接で極度の緊張から言葉を詰まらせ、あと歩のところで涙を呑んできた彩佳。今回こそは格を勝ち取ろうと、夜遅くまで志望を推敲し直していた。
に義父が界して以来、暮らしになった義母の節子(せつこ・歳)を案じた裕のい望で、玲奈たち夫婦は半に義理の実へ同居する形をとっていた。
当初、節子は所や親類に対して「うちの嫁は将来の検事先なのよ」と自げに吹聴していた。だが、玲奈の修習がみ、本当に国権力を背負う法曹として巣とうとする現実が輪郭を帯びるにつれ、その態度にはごとに奇妙な棘が混ざり始めていた。
洗面所でたいで顔を洗い、濃紺のパンツスーツに着替えた玲奈は、朝の支度を伝うため階の台所へと向かった。
靴越しに伝わる廊のたさをじながら角を曲がろうとした瞬、玲奈のがピタリと止まった。
台所の引き戸が数センチだけいており、暗い調理台のにつ義母・節子の丸まった背が見えた。
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卓のには、すでに朝の配膳がえられていた。焼き魚の皿、卵焼き、そしてつの製の汁椀。
節子は自分の黒いハンドバッグのファスナーを音もなくけ、からプラスチック製のさな瓶を取りした。
そして、いつも玲奈が座る定位置のに置かれた噌汁の椀ので、そのを自然に、執拗にかしていた。
末なのか、あるいは無透の液体なのか。距があるためその正体までは確認できない。しかし、瓶の蓋を指先で微かに傾け、汁の表面へ何かを慎に落とし込んでいるその仕は、誰が見ても常の調理景とはかけれていた。
玲奈の背筋を、真の氷柱を突きてられたような悪寒が駆け抜けた。
息を殺し、壁のにを潜める。臓が鐘のように肋骨を打つ。
その、廊の板がミシリとさな軋み音をてた。
節子の肩がねがり、の速さで瓶をエプロンのいポケットへと滑り込ませた。振り返った義母の顔は、朝のかりので奇妙なほどく引きつっていた。
「……あら。玲奈さん、もう起きてきたの」
震えを押し殺した、どこか擦った声。
玲奈は努めて穏やかな表を保ち、廊から歩を踏みしてみせた。
「おはようございます、お義母さん。今、起きました」
のに、たく張り詰めた空気が淀むように沈み込んだ。