"白線の先の女たち" 第2話
競のない朝
久美子が暮らすのは、競輪から自転で分ほどの裏通りだった。自転修理「角田輪業」の階に畳のを借り、朝は表のシャッターをける音で目を覚ました。主の角田定吉は歳、部品をで磨きながらラジオの相撲継を聞くのが好きで、女子競輪が始まった頃から久美子の輪の具を見ていた。
優勝した翌朝、久美子が洗いで競をすすいでいると、定吉が聞を持ってがってきた。「ずいぶん派にかれたぞ」。方欄には『最の勝者、表彰拒否か』という見しが載っていた。久美子はを切り、記事を読んだ。表彰を拒み関係者ともめた、といてある。写真には表彰台につ自分が写っていたので、文は写真とさえっていない。
「拒否してません。式にはました」「聞は売れりゃいいんだろう」。定吉はを鳴らした。記事には選のそのに関する説がもなかった。久美子が線をげると、先につ子の姿が見えた。黒い自転の横でまごついている。いつもなら先に入ってきて、定吉に慮なくを頼む娘が、そのは靴の先ばかり見ていた。
子は競のなかった朝を持て余していた。毎朝の練習は同じでも、次の催がなければ、どこまで速くなればよいのか分からないという。
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「もるんでしょう」。久美子が尋ねると、子はうなずいた。「でも、誰と?」。久美子は答えられなかった。自転にまたがればれる。しかし相がいて、順番が決まり、審判が着順を確かめるあの所は、もう残らない。
の奥には、廃品から部品を取りしてえた子ども用自転が並んでいた。定吉の娘の澄子が帳面をき、学帰りに来る客の修理を受け付けている。歳の澄子は幼い子をで育てており、父と緒にを回していた。彼女は久美子に尋ねた。「競輪がなくなるなら、修理を伝わない? うちはが欲しいの」。悪はない。むしろ親切な話だった。
久美子は度ありがたく受け取ろうとして、言葉に詰まった。自転からりた自分を皆が当然のように像している。その事実が、優勝を失うこと以に寂しかった。「し考えさせて」。澄子は無理に勧めず、「でもべなきゃれないからね」とだけ言った。母子でを守るの現実な言葉だった。
午、久美子は古い競仲の田辺冴子を訪ねた。冴子は歳で、もともと久美子と何度も競りった敵だった。今は町の縫製で働き、夜にでの直しを引き受けている。部の壁に競の写真は枚もなく、ミシンの脇にだけ曲がったハンドルが置かれていた。「まだ捨ててないんだ」
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と久美子が言うと、冴子は「捨てる暇がない」と笑った。
久美子は非公式でも女たちがれる所をつくりたいと話した。冴子のは布を押さえたままかなかった。「競輪じゃない所で? 審判は? 怪をしたら? はどうする?」。久美子は何つ答えを用していなかった。冴子はその沈黙に苛たず、もう度針をかした。「りたいだけなら川沿いをればいい。でもお客に見せる競なら、責任を取るがいる」。
帰りがけ、冴子が呼び止めた。「私はもう競を縫い直して、仕事着にしたの。あの布が無駄にならないように」。久美子は何も言えずへた。港の夕で柱の広告がはためき、男たちの競輪催をらせる文字だけが目にび込んできた。なくなるのは競技そのものではない。自分たちだけが、その輪のへ押しされるのだった。