"剣を捨てない花嫁" 第1話
今から、おは息子だ
「今から、おは娘ではない。息子だ」
父がそう言ったのは、私が歳になっただった。
の裏庭では梅のが散り始めていて、母が縫ってくれた桃の着物の袖に、さなびらが枚だけ落ちていた。私はそれを指で払うこともできず、父の顔を見げていた。父は冗談を言うではなかったし、私を笑わせようとするでもなかったから、その言葉が遊びではないことだけは子どもの私にも分かった。
翌朝、腰まであった髪を切られた。
鏡ので母は何度もを止めたが、父はろからい声で「続けろ」と言った。畳に落ちていく黒い髪を見ながら、私は泣かなかった。泣けば父に失望されるとったからだ。
がは町で古くから続くさな剣術を営んでいた。父・宗郎には男の子がなく、弟のでは以から「この代で終わるのではないか」と囁かれていたらしい。当の私には名も跡継ぎも分からなかったが、父がのでをげる姿だけは見たくなかった。
そのから私は袴をはき、男子と同じ稽古をした。
朝はまだ暗いうちに起き、井戸で顔を洗い、百本の素振りを終えてから朝餉を取った。学から戻れば百本、夕方には弟たちと打ち込み稽古をし、の皮が破れても刀をさなかった。
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母が夜に薬を塗ってくれたが、翌朝にはまた握った。
「痛くないの?」
母に聞かれたことがある。
「平気」
私はそう答えた。
本当は痛かった。も肩も、にはの指まで痛んだ。けれど稽古の隅で腕を組み、私を見る父がほんのわずかに頷く瞬だけは、どんな痛みよりもうれしかった。
歳になる頃には、町の同代で私に勝てる者はいなくなった。
最初は私を「女のくせに」と笑っていたたちも、面を取られるたびに何も言わなくなった。歳のには隣町の会で優勝し、歳ではの弟にも本を取った。
私はいつしか、自分が女であることを考えなくなっていた。
髪はく、着物より袴が楽だった。裁縫もけも苦で、町の娘たちがしい髪飾りの話をしていても会話に入れなかった。それでも幸だとったことはなかった。
父が笑うからだ。
「よくやった」
その言があればよかった。
歳の、方からくのが集まる会がかれた。私は父から初めて、「負けるな」ではなく「名を残してこい」と言われた。
決勝の相は、見たことのないだった。
私より背がく、構えに無駄がなく、刀を握った瞬にいと分かった。
それでも私は負けなかった。
い打ちいの末、瞬だけいた彼のを打ち抜いた。試が終わり、は悔しそうに唇を噛んでいたが、やがて面をし、まっすぐ私を見た。
「名は?」
私は答えなかった。
父から、余計な話をするなと言われていたからだ。
はそれ以聞かず、ただ私の背をじっと見ていた。
あのの私はらなかった。
、私はそののへ嫁ぐことになる。
もっとも、そのに私のは度、完全に捨てられることになるのだけれど。
歳の。
に、待望の男児がまれた。
産声を聞いた父は、私が今まで度も見たことのない顔で泣いた。
その夜、私は初めて理解した。
私は父の息子になったのではない。
本当の息子がまれるまで、息子の代わりをしていただけだったのだ。
そして弟がひとを迎えた朝、父は私をの奥に呼び、類を枚差しした。
「嫁にけ」
それが、きたで父から与えられた最の命令だった。