"姉の身代わりで嫁いだら、冷酷当主の本命でした" 第1話
蔵の部で育った娘
「玲子の代わりに、おが嫁ぎなさい」
父がそう言った、澄乃はにしていた帳面から顔をげなかった。
墨の乾ききらない数字の列を指でなぞりながら、聞き違いではないことを確かめるように、もう度だけ父の言葉を待った。けれど父は言い直さなかった。座敷の座では継母の美津が腕を組み、その隣で姉の玲子が骨に顔をしかめていた。
篠原は町で古くから商いを続けるだった。表通りに面した舗には毎朝簾が掛かり、帳には番が座り、奥では父が「代々続く」を癖のように自していた。しかし、その帳簿を実際にえていたのが誰なのかを、客は誰もらなかった。
澄乃の母は、彼女が幼い頃にくなった。ほどなく父は美津を妻に迎え、美津が連れてきた娘ではなく、父とのにまれた玲子ばかりがの娘として切にされた。澄乃に与えられた部は、母が使っていたれではなく、の裏にある蔵の階だった。
には隙が入り、には梁のにがこもった。それでも澄乃は、その部を嫌いではなかった。蔵には古い帳面や仕入れ台帳が積まれており、読みきを教えてくれたき母の面を追うように、澄乃は夜になるとそれらを広げた。
歳の頃には算盤を覚え、になる頃には番が残した計算違いを見つけるようになった。
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最初こそ父は「女が余計なをすな」と叱ったが、度きな仕入れの複を見つけての損を防いでからは、態度を変えた。
ただし、娘として認めたわけではなかった。
「帳面だけ付けておけ」
それが父の癖になった。
昼、玲子がしい着物を選んでいる、澄乃は帳の奥で数字をいた。玲子が線や茶の稽古へ掛ける、澄乃は仕入れ先への支払いを計算した。が繁盛しているには誰も澄乃を褒めなかったが、数字がしでもわなければ真っ先に呼ばれた。
そんな活が以続いた、氷から縁談が届いた。
氷は篠原よりもはるかにきな商いをしていた。町だけでなく幾つもの域に倉やを持ち、当主の氷静は若いながらも先代から商いを引き継いでいるという。
しかし、縁談を聞いた玲子がぶことはなかった。
「絶対に嫌よ」
美津が読みげた状を見た瞬、玲子は座布団を押し退けた。
「氷静って、あのでしょう。酷で、の気持ちなんて何ともわないって名じゃない」
町では、静について様々な噂が流れていた。笑わない。使用が失敗すればそののうちに追いす。商売相にも切けを掛けない。そのうえ過に度も婚約話がありながら、とも婚礼に姿を消した――。
誰かが「氷の当主」
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と呼び始め、その名は本をらない者にまで広がっていた。
父は困った顔をした。
氷との縁は欲しい。しかし玲子を無理に嫁がせて泣かれれば、美津が黙っていない。
そこで美津が、澄乃を見た。
「同じ篠原の娘なのだから、澄乃でいいじゃありませんか」
玲子の目がぱっとるくなった。
「そうよ。向こうだって、顔を見たことはないんでしょう?」
澄乃はそこで初めて帳面を閉じた。
「先方は玲子姉さんとの縁談だとっているのではありませんか」
「名くらい、どうにでもなる」
父がい声で遮った。
「おがけ。支度はこちらで用する。向こうへ着いたら余計なことは言わず、篠原の娘として務めればいい」
支度はこちらで用する。その言葉を聞いた瞬、澄乃は皮肉なものをじた。自分が以、帳面をえて守ってきたの部を使い、自分をこのから送りすのだ。
「断ったら?」
澄乃が尋ねると、美津がさく笑った。
「このに、いつまで置いてもらえるとっているの?」
その言で分だった。
澄乃には帰る所など、初めから用されていなかった。
、最限の荷物だけを持ち、澄乃は篠原をた。見送りにた玲子は「悪くわないでね」と言ったが、その顔には堵しか浮かんでいなかった。
氷の敷に着いたのは、が落ちただった。
いがき、使用に案内されて奥へむ。い廊の先にある座敷で、澄乃は初めて氷静と対面した。
黒い着物を着た男は、噂に違わず笑っていなかった。
は。鋭い目をしていたが、っているようには見えない。ただ、の言葉より先に、その奥にあるものまで見ているような目だった。
澄乃がをげると、静はしばらく黙っていた。
そして最初ににしたのは、歓迎の言葉でも婚礼の話でもなかった。
「顔をげろ」
澄乃は従った。
静は数秒だけ彼女を見つめたあと、静かに言った。
「おは玲子ではないな」
澄乃の背を、たいものがった。
篠原をてまだ半。
代わりは、最初の夜に見抜かれていた。