"母の遺品と千万円の組紐" 第6話
すみれ、ちゃんと覚えるから」
さなをわせ、ぎゅっと目を閉じる娘の横顔を見つめながら、俺はち尽くすしかなかった。すみれはこんなにも真っ直ぐに母と向きっているのに、息子の俺は、仏壇のに座っても未だに母に語りかける言葉すら見つけられないでいた。
そのの昼がり、乱暴なインターホンの音がアパートのい壁を震わせた。
ドアをけると、アパートの管理会社の腕章を巻いたの男が、険しい顔でっていた。男は挨拶もそこそこに、滞納している賃の額と、退の最終期限が記された催告を突きつけてきた。
「野さん、これでヶ分ですよ。今週にお支払いいただけないなら、契約通り法な退続きに入りますからね」
「待ってください……もうしだけ、もうしだけ待っていただけませんか! 必ず面しますから!」
俺はをげた。だが、男は淡にを鳴らしただけだった。
「皆さんそう仰るんですよ。期は厳守してください。これ以は待てません」
バタン、とたく閉ざされた鉄の扉の向こうに男がっていくと、部のには耐え難い静寂だけが残された。に落ちた催告を拾いげる俺のは、けなさに刻みに震えていた。
追い打ちをかけるように、そのの夜、頼みの綱だった単発派遣の会社から「現の都により、今以のシフトのご案内はできなくなりました」
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という無質なメールが届いた。
これで、わずかな銭のすら完全に断たれてしまった。
翌から、俺はなりふり構わず求報誌をめくり、片っ端から面接を受けた。しかし、現実はどこまでも酷だった。
「失礼ですが野さん、職歴を拝見すると婦の販売員ばかりですね。うちは製造ラインの即戦力を求めているんですよ。歳で未経験となると、正直厳しいですね」
「何でもやります! どんな雑用でも、体を使ってから覚えますから!」
「お気持ちは分かりますがね、若い子ならともかく、この齢からではねえ……」
「娘がいるんです! 歳の娘を育てなきゃいけないんです、お願いします!」
「……そう言われましても、こちらも会社ですので」
どこへっても、返ってくるのは同じようなたい断り文句だった。
歳。特すべき資格もなく、アパレルの販売経験しかない男。社会の歯から度滑り落ちたに、を差し伸べてくれる所などどこにもなかった。
夜、すみれが眠りについた、俺は暗い台所で計簿をいた。
通帳の残は、すでに桁にまで減っていた。卓の数字を叩くたびに、胃の腑が雑巾のように絞られる。
窓のから、バラバラと激しいの音が聞こえてきた。嫌な予がして玄関をけると、共用廊の井の亀裂から、ぽたぽたと漏りが落ちてたまりを作っていた。
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「……またかよ」
この漏りは、半以から管理会社に何度も修繕を頼んでいた所だった。そのたびに「業者を配します」と言い逃れされ、放置され続けてきたのだ。
婦の仕入れや管理で、俺は、数字と品質の釣りいを見極める目を養ってきた。その目で改めて見直してみれば、毎きちんと引かれている共益費や管理費に対して、このボロアパートの杜撰な維持管理はあまりにも釣りいが取れていなさすぎる。どこかでおかしなの抜きがわれているのではないか。そんな疑が胸をよぎったが、今の俺には賃を滞納している負い目があり、く抗議することすらできなかった。
すべてにき詰まり、暗のに閉じ込められたような覚だった。
糸柳呉の紗英さんに反物と組紐を預けてから、すでに数が経過していた。何の連絡もない。やはりあの品も、した値打ちなどないただの布切れだったのだろうか。あれに微かな希望を抱いていた自分が、つくづく惨めで愚かにえた。
翌朝、目を覚ましたすみれが、布団から起きがって俺の顔を覗き込んできた。
「パパ、元気ないの……? お顔が怖いよ」
「あ……ごめんな。ちょっと、考え事をしてただけだよ」
「眠れなかったの?」
「平気だよ。すみれが笑っててくれたら、パパはそれだけで元気がるんだから」