"母の遺品と千万円の組紐" 第3話
い包みを抱え、あてもなく古い商のアーケードを抜け、寂れた裏へと迷い込んだ。古い民が並ぶ細いを歩いていると、ふと、古びたの板が目に留まった。
『糸柳呉』
墨の毛でそう彫られた板の、格子戸がわずかにいていた。
を覗き込むと、柔らかい灯のが差し込む畳敷きの内で、俺よりし若そうな女性が、配の客のに跪き、帯を結んでいる最だった。
その女性の指のきには、寸分の迷いもなかった。
しなやかな指先が絹の帯を引くたびに、滑らかな布がすっと吸い付くように決まり、息を呑むほど美しい結び目が形作られていく。まるで職のを見ているようなその流麗なつきに、俺は寒さを忘れ、わず見惚れてち尽くしてしまった。
「パパ……あのお姉さんのおてのき、すごく綺麗だね」
すみれが元でささやいた。
「ああ……本当だな」
こんな格式のそうな専に、着物の識もない俺のような汚れた男が、古布を売りにがり込んでいいものだろうか。違いであることは痛いほど分かっていたが、もう俺にはにきが残されていなかった。
客の老婦が満そうに会釈をしてをていくのを見届け、俺はを決して、引き戸にをかけた。
カラカラと引き戸が鳴る。
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「あの……すみません」
主の女性が振り返り、優美にをげた。
「いらっしゃいませ」
「あの……変躾なお願いなんですが、これを買い取っていただけないでしょうか?」
抱えていた呂敷包みを差しすと、女主は困惑のを浮かべることなく、穏やかに、けれどきっぱりと首を横に振った。
「申し訳ありません。うちでは、古物の買い取りは切っていないんです」
やはり駄目か。胸の奥底で、たいが吹き抜けた。俺は包みを抱え直したまま、言葉に詰まった。
「……そうですか。突然押し掛けてしまって、本当にすみませんでした」
これ以居をして迷惑をかけるわけにはいかない。踵を返し、へ向かって歩きそうとしたそのだった。
女主の線が、俺の腕のにある呂敷の結び目の隙に、ぴたりと縫い付けられた。
何かを確かめようとするように、彼女の切れの瞳が微だにしない。
「あの……お客様。その包みのは、もしかして着物か、反物ですか?」
「ええ……古い反物です。くなった母の遺品でして」
俺がち止まって答えると、先に並んでいたとりどりの組紐の帯締めに目を奪われていたすみれが、ぱっと駆け寄って声を弾ませた。
「わあ……綺麗! パパ、見て! これ、ばーばのお紐とおんなじだ!」
「お紐……?」
女主が反応し、すみれの目線にわせてをかがめた。
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すみれは嬉しそうに両をかして見せた。
「うん! ばーばがおでね、こうやって作ってたの! お指がね、くるくるダンスしてるみたいだったんだよ!」
「……おばあ様が、ご自分で組んでいらしたの?」
「そうだよ! いっぱい、いっぱい作ってたもん!」
女主の表が、わずかにいた。それまでの商売としての穏やかな微笑みとはらかに違う、張り詰めたがその瞳に宿った。
「……失礼ですが、その包みのを、拝見させていただけないでしょうか?」
「あ、はい……」
俺は戸惑いながらも内の漆塗りの台のに呂敷を置き、結び目を解いた。包まれていた古い反物をそっと広げ、そのに添えられていた本の組紐をわにする。
その瞬だった。
女主の息が、喉の奥で止まった。
のの空気が、まるで気圧が変わったかのようにすうっとえ込むのを肌でじた。
彼女は言も発することなく、台のに置かれた反物と、そこに添えられた組紐を凝している。俺には、自分が体何を持ち込んでしまったのか、まるで理解できていなかった。
女主は震える指先を伸ばし、反物に添えられていた組紐をそっとつまみげた。
息を殺すようにして、組み目を筋ずつ爪の先で辿り、裏を返し、窓から差し込むのにかざす。その指のきは、次第に切迫したように速くなっていった。
やがて顔をげた彼女の肌からは、完全に血の気が引いていた。
「これを……どこでに入れたんですか?」
その声はく、張り詰め、先ほどまでの丁寧な接客とはまるで別のものだった。