"母の遺品と千万円の組紐" 第1話
「これを、どこでに入れたんですか?」
く、をうように静かな、しかし張り詰めた声だった。
暗い内の空気が、その言でぴたりと凝固した。俺はただ、賃のしにするため、くなった母の遺品である古い反物と本の組紐を、藁にもすがるいで売り払いに来ただけだった。
急な問いかけに戸惑いながら、俺は乾いた唇をいた。
「くなった、母の遺品です」
そう答えた瞬、反物の端に添えられていたおの女主の細い指先が、微かに、けれどはっきりと震えた。磁のような彼女の指先が、絹の目を確かめるように撫でていたきを止め、驚愕を押し隠すようにわずかに張るのを、俺の目は確かに捉えていた。
自分の世界ばかりを追いかけ、流の先端ばかりを気取って、かつて母の仕事を古臭いと決めつけて切り捨てていたあの頃の俺。その母が、体どれほどく、過酷で、尊いを歩んでいたのか。このの俺は、何ひとつるよしもなかったのだ。
俺の名は輔。歳になる。
母・幸恵が歳でこの世をり、の法を終えた帰りのことだった。晩のたいが吹き抜ける舗装を、俺は歳になる娘、すみれのさなを引きながら歩いていた。さなのひらは、すがるようにきゅっと俺の指を握りしめている。
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「パパ……」
歩みを緩めず、すみれが俺の顔を見げて呟いた。
「どうした、すみれ?」
俺がち止まり、線をわせるように屈み込むと、すみれはきな瞳をそうに揺らしながら、さな声で言った。
「ばーば、もうおにいないの?」
胸の奥に、たい針がちくりと刺さるような痛みがった。俺は息をえ、精杯の優しい声を作って答えた。
「……うん。でもな、ばーばはずっと、お空のからすみれのことを見てくれているよ」
「本当……?」
「ああ、本当だ」
俺は黙って力く頷いてみせた。けれど、その言葉に自分自で確信が持てていたわけではなかった。
古びた造アパートの暗い階段をがり、鍵を差し込んで玄関扉をけると、母の部から引き取ってきた段ボール箱のが、狭いの隅に無造作に積みげられたままになっていた。
の母は、ごく慎ましい暮らしので、趣で古い着物を直したり、とりどりの糸で組紐を作ったりしていたようだった。だから引き取ってきた荷物のには、埃をかぶった反物の包みや、使い古された組紐の製台、細いの棒といった具類がぎっしりと詰まっていた。母のアパートを片付けた際、目についたものを当たり次第に段ボールへ詰め込んできただけだったから、どれもこれも今の俺には値打ちの分からない、ただの古具や古い布切れにしか見えていなかった。
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畳の隅に置かれたさな仏壇のには、枚の写真が並んでいる。
数にい病でこの世をった妻の写真と、ついこのくなった母の写真。俺はこの数のに、かけがえのないの族を相次いで見送ることになってしまった。
妻がくなってからというもの、俺は頑なにを決めていた。男つで、何があってもに甘えず、周りのには頼らずにきていこうと。父親としてすみれを何自由なく育てげることだけを考え、肩に過剰な力を入れて踏ん張ってきたのだ。母に対しても、どうしても仕事で夜遅くなり、すみれを預かってもらわなければならない緊急の以は、極力迷惑をかけまいと距を置いていた。
だが、そうやってを張って突っってきた矢先、、俺が勤めていた婦の専が経営振で突然閉してしまった。歳で職を失った俺のに、厳しい現実がちはだかった。再就職先は向に決まらず、雇いにい単発の派遣仕事をに数回こなすのがやっと。かつての蓄えは底をつきかけ、アパートの賃の支払いすら、とうとう滞り始めていた。
すみれが、玄関の隅に置かれた段ボールの蓋をそっと持ちげた。隙から顔を覗かせ、をくんくんと鳴らす。
「……いい匂いがする。
ばーばの匂いだ」
そのあどけない言が、に俺の胸の奥を激しく抉った。