"愛人と帰国した夫、30分の猶予" 第9話
ただつ、「翔太の父親だから」という鎖だけが、私をこの過酷な結婚活に繋ぎ止めていたのだ。
憲吾が勤めるITベンチャー企業は、この数で目覚ましい急成を遂げ、業界内でも屈指の名企業へと成していた。
最では「々の暮らしをITで豊かにする」というスローガンを掲げ、自治体と連携した域活性化イベントや、活支援ツールの発などを広く展しているらしい。
し、翔太が学から持ち帰ってきた指導のプリントのに、憲吾の会社のチラシが挟まっていたことがあった。
『パパの会社のだよね。この講演会、放課にってもいい?』
そこには、気鋭の若き経営者としてメディアでも話題の、社の写真がきく掲載されていた。
『清川竜』
その名を目にした、私の記憶の片隅で、微かな引っかかりを覚えた。どこかで聞いたことのある、懐かしい響きのような気がしたのだ。だが、夫の職の関係などる由もない私は、「憲吾のから昔聞いたことがあるのかもしれない」とく考えずに流してしまっていた。
憲吾がそれほど派な企業でを得ているのなら、せめて翔太の学学のための教育費くらいは協力してほしい。
そう願い、何度も夫に掛けってみたが、返ってくるのはいつも同じ酷な言葉だった。
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「俺にはな、会社での世や脈作りのための交際費がぬほど必なんだよ。おに余計なを無しないだけ、ありがたいとえよな」
憲吾はそう言ってで笑い、私の訴えを完全に蹴し続けた。
そんなあるの夕暮れ、私が仕事を終えて自宅へ戻ったのことだった。
いつもなら残業やみ会で夜まで帰ってこないはずの憲吾が、珍しくリビングのソファーにで座り、スマートフォンをに当てて誰かと親しげに通話していた。
玄関のドアをけた私の音に、憲吾はまったく気づいていないようだった。
「……なあ、うちの社、マジで気持ち悪くないか? そうそう、あの清川とかいう若造さ。仕事ができるを装ってるけど、物腰が柔らかすぎてナヨナヨしてて嫌いなんだよな。絶対チョロいって。親父の急病でポッとで社の子に座っただけの温育ちだろ? そのうち、俺が引きずりろして社の座を奪ってやるからさ」
リビングの扉のでち止まった私は、を疑った。
創業者である社が病気で倒れ、急遽息子の清川竜氏がを継いだという話は聞いていた。実力主義を掲げる会社とはいえ、介の営業部に過ぎない憲吾が、社の座を虎眈々と狙っているなどとはにもわなかった。
「なんとかスキャンダルでも握って、週刊誌にリークして失脚させてやりたいんだよな。
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ハニートラップでも仕掛けてやろうか? ……あいつ、俺よりらしいけどさ、今は適当にゴマすって油断させておくよ。そのうち元をすくってやるからさ」
話の相が誰なのかは分からないが、おそらく社内の親しい同僚か取り巻きなのだろう。自分を雇ってくれている会社のトップに対して、これほどまでに醜悪な敵を燃やしている夫の浅ましさに、私は暗澹たる気持ちになった。
関わりいたくないとい、音を忍ばせて階の自へがろうとした、まさにその瞬だった。
憲吾のから、私の臓を凍りつかせる決定な言葉がびしたのだ。
「……社になったらさ、おにもっとい指輪も、級マンションも買ってやるからな。分かってるよ……うん、してるよ」
甘ったるく、淫らな響きを帯びたその声音。
私は全の血が逆流するような衝撃を受け、そのにちすくんだ。
してる。
その言葉は、同僚の男に向けられたものではない。
違いなく、女に向けられた言葉だった。
私は物音をてないよう細の注を払いながら、抜き差しで階へとがり、自分の部のドアを閉めて鍵をかけた。
壁に背を預け、乱れる呼吸を必にえる。
数から、夫の頻繁な朝帰りや自然なスマートフォンの扱いに、漠然とした信を抱いてはいた。
だが、々の過酷な労働と義母からの嫌がらせ、そして翔太の育児に追われるあまり、決定な証拠を掴む気力すら奪われていたのだ。