"愛人と帰国した夫、30分の猶予" 第3話
胸の奥から、いものが込みげてくる。
突然の事故で最の両親を失った代の頃、私にとって、この坂ののきなだけが、暗ので唯灯る希望のだった。だからこそ、どんなに辛い仕事をして借を背負ってでも、命がけでこのを守り抜いてきたのだ。
憲吾と会った頃の私は、孤独の淵から自分を救いしてくれた彼に、からの謝を捧げていた。翔太というかけがえのない宝物を授けてくれたことに対しても、神に祈るようないで謝していた。
だが、そのすべては欺瞞だった。
この男と、その母親は、私の命そのものであるこの切なを、嘘と裏切りによって乗っ取ろうとしたのだ。
絶対に許さない。
このは、あなたたちのような悪魔に渡すために守ってきたのではない。
親子仲良く、底れぬ獄の底へ突き落としてあげるから、覚悟していなさい。
私は膝ので固く拳を握りしめ、静かに決を固めていた。
私の名は原田咲子。今で歳になる。
夫の憲吾、そしてになった息子の翔太とで暮らしてきた。
計の針を、今から――私がまだ歳だった頃へと巻き戻そう。
当の私は、昼は元の般企業で契約社員の事務員として働き、夜は繁華にあるニュークラブ――いわゆる級キャバクラで、キャストとしてダブルワークの々を送っていた。
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そのに、客として憲吾がふらりと来したのが、すべての始まりだった。
憲吾がエントランスをくぐり抜けて内に入ってきた瞬、フロアの女性キャストたちが斉にざわめいたのを、今でも鮮に覚えている。
で均の取れた体躯に、仕てのいいスーツを着こなし、彫りのい端正な顔ちをしていた。芸能界に疎い私ですら、どこかの若俳優がロケのに忍んできたのかとったほどだった。
憲吾は案内されたボックス席に着くなり、迷うことなく内のパネル写真を指差して、私を指名した。
席に着いた私に対し、憲吾は悪びれもせずに言った。
「入の写真を見てさ、君が番タイプだったんだよね。直って当たるもんだな、実物の方がずっと綺麗だ」
女性として容姿をストレートに褒められるのは、決して悪い気はしない。夜の世界において、見は規の顧客を引き寄せるための最の武器だ。だが、私の信条はそこから先だった。お酒を交わしながら会話をね、自分の内面をってもらい、信頼関係を築くことこそが、リピーターを獲得するための唯のだと信じていた。だからこそ、見の美しさを保つ努力と同じくらい、話術や教養、細やかな気配りを磨いてきた自負があった。
しかし、憲吾という男は、私の営業トークのをく巧みさを持っていた。
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私が彼の容姿やにつけている計を褒めようとするより先に、憲吾は絶妙なタイミングで私を褒めてくるのだ。
「咲子ちゃん、ネイルがいとかメイクが似ってるとか、そういう作られたものじゃなくてさ。目がすごく澄んでいて綺麗だし、肌が透き通るようにいよね。まれ持った素材が本当に美しいんだな」
媚びを売るような厭らしさは微もなく、まるでから零れ落ちた本音であるかのように、ごく自然に囁いてくる。
女性の扱いと、自尊をくすぐる言葉の選び方に異常なほど慣れている――それが、憲吾に対する私の最初の印象だった。
そのは友の付きいで来たらしく、連れの男性が酔い潰れたタイミングで、憲吾はスマートに会計を済ませて帰っていった。
「いい男だったなあ」
見送りの、夜に吹かれながらそう呟きはしたものの、夜のではよくある過性の会いのつとして、私はすぐに常の接客へと識を戻していた。
だが、そのわずか数、憲吾は再びの扉をけた。
今度は、での来だった。
私の席に着くや否や、憲吾は懐っこい犬のような笑顔を浮かべて、からかうように言った。
「咲きちゃん、今も暇そうにしてるね。本当にこののナンバーワンなの?」
らかに私をディスるような軽だったが、議と悪はじられなかった。