"十八年勤めた売り場を追われた日、恩返しが始まった" 第3話
の茶い弁当
計の針を、に巻き戻さなければならない。
丸デパートの館品フロアが、方都の華々しいランドマークとして誕した1980代半のことである。当歳だった川千鶴は、夫を突然の筋梗塞でくし、学だった娘の学費用を稼ぐため、藁にもすがるいでこのデパの契約社員に応募した。
当のデパは、バブルの余韻を残した級志向のデリや、名フレンチの惣菜がもてはやされる代だった。鮮やかなローストビーフやテリーヌがぶように売れる、千鶴が配属された惣菜コーナーの片隅に、誰も見向きもしないな商品があった。
茶いプラスチック容器に詰められた、煮物と焼き魚がの幕の内弁当。
製造元は、当県内の業団にできたばかりの無名の請け企業「藤堂品」だった。
従業員らずの零細を率いていた藤堂周(当歳)は、コンビニチェーンの請け仕事から脱却し、自社ブランドの・全な無添加惣菜を世に問いたいというで、莫な借を背負って最の設備をえていた。そして、ようやくのいで丸デパートの催事枠に商品をねじ込んだのだ。
しかし、現実は残酷だった。
広告
名度のない方の零細メーカーが作った、見た目のな煮物弁当など、流を追うデパの客のをとめることはできなかった。個百円。メーカーの派なハンバーグ弁当の隣で、藤堂の弁当は夕方になっても積みのまま売れ残った。
『藤堂さん、悪いけど今週で棚からげてもらうよ。につやつしか売れない商品を置いておくスペースは、うちのデパにはないんだ』
当の酷な仕入れ担当者から契約打ち切りを通告され、藤堂は目のが真っ暗になった。売れ残った弁当を抱え、トラックの荷台ので力なくち尽くしていた藤堂に、声をかけたのが千鶴だった。
『あの……藤堂さん、とおっしゃいましたよね』
千鶴は作業用のエプロンをつけたまま、息を切らしてトラックの元へ駆け寄ってきた。
『このお弁当、私、今のお昼休みに自腹で買ってべてみたんです。……本当に、美しかった。特にお汁の染みた野豆腐と、鰆の京焼き。派さはありませんけれど、噛めば噛むほど丁寧にとられた本枯節のりがして……毎べても絶対に飽きない、お母さんのでした』
藤堂は驚いて千鶴を見つめた。千鶴はエプロンのポケットから、画用にペンでかれた作りのPOPを取りした。
『見た目がしだから、お客様が通り過ぎてしまうんです。
広告
だから私、勝にこんなPOPをいてみたんです。もしよろしければ、からこれをお弁当の横に置かせていただけませんか?』
そこには、温かい文字でこうかれていた。
『毎朝に引いた然汁が自です。お疲れのお父さん、胃腸を休めたいの夕に、に染み渡る作りの温もりをどうぞ』
翌から、千鶴の孤独な戦いが始まった。
彼女は売りにち、弁当のでを止める客ひとりに、押し付けがましくない柔らかな声で語りかけた。
「こちらのお弁当、見た目はですけれど、お汁が本当に美しいんですよ。鰆も築から直接仕入れた本物です。塩分控えめですから、ご配のご族への差し入れにもですよ」
千鶴の言葉に嘘がないことは、客にもすぐに伝わった。
個、また個と売れ始め、週には連完売。ヶには、デパート側がをげて常設コーナーへの格げを願いるまでになった。
それをがかりに、藤堂品は急速な成を遂げた。独自の真空調理技術と無添加保法を武器に、全国の主百貨や級スーパーへと販を拡。が経った現、商百億円を超える企業へと化けしていた。
だが、どれほど会社が巨になり、自らが「惣菜業界の鎮」として経済の面を飾るようになっても、藤堂周はあのの景を片も忘れたことはなかった。
倒産寸の暗ので、名もなき零細の弁当の価値を信じ、命を吹き込んでくれたの契約社員のを。
だからこそ、藤堂は会職へと退いたも、毎週曜の夕方になると番質素なを着て、あの売りへ通い続けていたのだ。