"義母に突き落とされたので、離婚します" 第1話
えた階段と沈黙の
古びた造階建ての宅に、の湿った朝のが差し込んでいた。さつきは、に持った固く絞った雑巾で、階段の製すりを段ずつ丁寧に拭きげていた。の節目に染み込んだの埃を拭いるように、指先に力を込める。
結婚して。毎朝に起き、義母・かよと夫・孝志(たかし)の朝を用し、洗濯を回まわし、を掃除する。それがさつきに課せられた、終わりのない課だった。しでも拭き残しがあれば、義母からの執拗な嫌がらせが何も続く。
「相変わらず際が悪いわね。ノロマな亀みたいにいつくばって、見ているだけで苛々するわ」
から、え切ったトゲのある声がってきた。
階段の踊りを見げると、腕組みをした義母のかよが仁王ちしていた。今で歳になるかよは、背筋を伸ばし、細い目をさらに細めてさつきを見ろしている。
「おみたいな暗くて取り柄のない女が居座っているから、孝志はいつまで経っても世できないのよ。うちの系にを塗る疫病神め」
さつきは雑巾を握りしめたまま、静かにをげた。
「……おはようございます、お義母さん。朝から申し訳ありません」
で体に染み付いた、反射な謝罪だった。反論すればに油を注ぎ、夫に泣きついても「母さんに逆らうおが悪い」
広告
「げさに騒ぐな」と鳴られるだけ。耐えること、嵐が過ぎるのを待つことだけが、このでき延びる唯の恵だった。
しかし、このの朝のかよは、いつもと様子が違っていた。
「その気な向き加減が気に入らないのよ!」
かよが階段を段、踏み込んできた。スリッパの底がを叩くい音が響く。さつきが息を呑んだ、その刹だった。
ドスン、と鈍い衝撃がさつきの背を貫いた。
かよの両が、さつきの肩と背を容赦なく、全体をかけて突きばしたのだ。
「え——」
声にならない呼気が喉から漏れた。力から解き放たれ、体が宙に浮く。
界が激しく回転した。のすり、井の黄ばんだクロス、そして尖った階段の角。ガツン、と側部に激痛がり、腕の骨が鈍い音をてて軋んだ。体が幾度も段差に叩きつけられながら、階段の最段、たい板張りの廊へと投げされた。
「う……っ、あ……」
胸を締めげるような呼吸困難と、全を貫く激痛。界が真っに滅し、キーンという鳴りが蓋の内側に響き渡る。
その激痛の渦で、さつきは無で両を伸ばした。
自らの腹部へ。まだ目たない、しかし確かに温もりを宿し始めたさな命の宿る所へ。
——お願い。この子だけは、どうかこの子だけは無事に……!
祈りは声にならず、鮮血の混じった唾液が元からへと滴り落ちた。
激しい痛みの波とともに、さつきの識は暗い底へと沈んでいった。
階段のから、かよがに転がる嫁の姿を酷に見ろしていた。
駆け寄ることも、息を確かめることもしない。かよは胸ポケットからスマートフォンを取りすと、息子の孝志の番号を落ち着いたつきでタップした。
コール音が回鳴り、話がつながる。
「もしもし、孝志かい。さつきがね、階段から落ちて倒れちゃったのよ」
を突き落とした直とはえない、平坦で常な声だった。