"空港に置き去りにされた妻は、もう帰らない" 第1話
成田国際空港の第1ターミナル到着ロビーをた瞬、乾いたのが、私の頬を容赦なく打ち据えた。 計の針は、午分を回っている。にわたる欧州張から帰国したばかりの私のには、いスーツケースと、ブランドとの商談資料が詰まったビジネスバッグが握られていた。
般乗のには、見覚えのあるの級セダン――義母・美佐子(歳)のであるクラウンが、ハザードランプを点滅させてしていた。 運転席側の窓がき、首元に派なシルクスカーフを巻いた美佐子が、窓から顔をしてを振る。
「おかえり健! での仕事、ご苦労様でしたね!」
私の隣を悠然と歩いていた夫の健(歳)が、旅の疲れなど微もじさせない満面の笑みで駆け寄った。 「母さん、迎えありがとう! イタリアの作発表会、バッチリいい商談がまとまったよ!」
健は自らのボストンバッグだけを素く部座席に放り込むと、助席のドアをけて乗り込んだ。 私もトランクに自分のスーツケースを積み込もうと、の方へと回ろうとした――まさにその瞬だった。
バアンッ!
乾いた属音がのロータリーに響き渡った。助席のドアが乱暴に閉められ、集ドアロックがガシャリと音をてて内側から施錠されたのだ。
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「……え?」
私がち尽くしていると、助席のスモークガラスがセンチほどスーッとりた。 隙から覗く健の元は、獲物を罠に嵌めた狩のように卑た歪みを浮かべていた。運転席の義母もまた、ルームミラー越しに私を瞥し、虫ケラを見るようなたい目でを鳴らしている。
「ゆり、おは乗らなくていいわよ」 義母の甲い声が、窓の隙から漏れ聞こえてきた。 「うちはね、由緒ある輸入商社の跡取り息子を乗せるためにをしたの。ラーメンの貧乏娘の荷物で、内を汚されたくないのよ」
「……お義母さん? 何を言って……」
戸惑う私の言葉を遮るように、健が助席からを乗りし、窓越しに嘲笑を浴びせてきた。
「聞こえなかったのか、ゆり? おはここから歩いて帰れってことだよ。Googleマップで見たら、うちまで徒歩でだいたいちょいだな。せいぜいい荷物引きずって、歩いて来いよ!」
「……?」
「そうだ。夕方までに自力で戻ってきて、俺たちの夕飯と呂の準備をしとけ。……それが嫌なら、度と敷居を跨ぐな。そのまま実のあぶらぎったラーメンにでも帰るんだな!」
ニヤニヤと笑う夫と、満げにアクセルを踏み込む義母。 のクラウンは、煙をげて急発し、あっというに首都の流線へと消えっていった。
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が吹き荒れるターミナル。に残されたのは、アスファルトのにポツンとつ私と、え切った型スーツケースだけだった。
「……ふっ」
私のから漏れたのは、鳴でも落胆のため息でもなかった。 さく、乾いた失笑だった。
「歩いて来い、ねえ……」
私は腕計を確認し、髪をかきげた。 彼らは本気で信じ込んでいるのだ。空港に置きりにされ、途方に暮れた私が、泣き叫びながら許しを請う話をかけてくると。 だが、彼らは致命な見落としをしていた。 私がこれまで、なぜ理尽な侮辱に耐え、従順な嫁を演じ続けてきたのか。 そして――私がすでに、彼らの逃げを完全に塞ぐための「仕掛け」を、すべて完させていたという事実に。
「せいぜい、今のうちに笑いしていればいいわ」
私はのクラウンがりった方向とは真逆――ターミナルの、成田空港駅へ続く連絡通へと、迷いのない取りで踵を返した。
私の名は、松岡ゆり。歳。 卒で総商社の国際物流部に勤務し、に健と見い結婚をした。 健の父――義父の松岡正隆(しょうりゅう・歳)が代で築きげた輸入商社『マツオカ・トレーディング』は、欧州の級計や宝飾品、皮革製品を正規輸入し、国内の直営セレクトショップで販売する老舗企業だった。
「健はいずれうちの代目社になる男だ。ゆりさん、どうかあいつを支えてやってくれ」