"31年間、母が捨てなかったマットレスの秘密" 第3話
青ざめた帰
通話が切れたスマートフォンの画面を、私は指先を震わせながら見つめていた。
お母様は、に入れない方がいい。
業者の男が残したその言葉が、の奥でたい鐘のように鳴り響いていた。ので、ありとあらゆる最悪の像が渦を巻いた。31、度もかされなかったベッドの。カビやネズミの骸といったなもの程度なら、あんな声を使うはずがない。額の隠し財産? それとも、父か母が誰にも言えない犯罪の証拠でも隠していたとでもいうのだろうか。
堂の引き戸をけて戻ると、母のエレノアがお茶のおかわりを注いでいるところだった。
「誰からだったの、デイヴィッド? 仕事?」
母の穏やかな声に、私の喉が引きつった。平静を装おうとしたが、顔の筋肉が張るのを止められなかった。
「……母さん。業者から話があった」
エレノアのが、ピタリと止まった。急須の先から、茶の雫が滴、テーブルの目に落ちる。
「マットレスの……配送業者よ。古いベッドのから、何かが見つかったって」
その瞬、母の顔から、まるで潮が引くように血の気が失せていった。
困惑でも、りでもなかった。それは、30以のあいだの最奥に塗り込めていたパンドラの箱を、のに引きずりされただけが浮かべる、純粋な「恐怖」
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そのものだった。
「……マットレスの、?」
母の唇が刻みに震え、か細い声が漏れた。
「ええ。マットレスと、ベッドのの台のだって。作業を断して、僕たちが戻るのを待ってる」
ガタタンッ!
静かな内に、鋭い衝突音が響いた。母が子をねばすようにしてちがったのだ。隣の席の客が斉にこちらを振り返る。
「帰らなきゃ」
「母さん、落ち着いて——」
「今すぐ! 今すぐ帰らなきゃいけないの!」
母があんな切り声をげたのを、私はまれて初めて聞いた。司として常に静寂を保ち、を乱すことのなかったエレノアが、なりふり構わず提げバッグを掴み、へとりに向かっていく。
「おい、エレノア! どうしたんだ!」
先ので微んでいた父のアーサーが、聞を落として目を丸くした。
「アーサー、くに乗って! く!」
母は父のを乱暴に引っ張り、助席のドアをけて乗り込んだ。その呼吸は荒く、過呼吸を起こしかけているように肩を激しくさせていた。
へ戻る内の空気は、きの穏やかさが嘘のように凍りついていた。タイヤがアスファルトを軋ませる音と、母の浅い息遣いだけが響く。
「母さん、頼むから教えてくれ。あそこに何があるんだ?」
私はバックミラー越しに助席の母を見つめながら、ハンドルを握りしめた。
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「何があっても、僕たちは族じゃないか。隠し事なんてする必ないだろ?」
母は答えなかった。膝のに置いた両を祈るように固く組み、方のフロントガラスを、焦点の定まらない虚ろな目で見つめ続けている。指関節がく浮きがるほどく握りしめられ、微かに刻みに震えていた。
「おい、エレノア」
部座席から、父のくい声が投げかけられた。アーサーの顔にも、先ほどまでののんびりとした空気は微もなかった。
「……何が、見つかったんだ」
母の肩が、びくりとねた。彼女はゆっくりと、まるで錆びついた歯を回すように首をろへ巡らせた。
「……アーサー」
母の瞳から、粒の涙がポロポロと零れ落ちた。
「見つかったの。……あのたちに、見つけられたのよ」
父の表が、瞬で凍結した。浅黒く焼けしたアーサーの肌が、のようにく褪せていくのを、私はバックミラー越しにはっきりと目撃した。
「……そうか」
父のから漏れたのは、りでも揺でもなく、底れない絶望と、どこか諦めきったような吐息だった。
「マットレスの、を……見られたのか」
「ごめんなさい……私、もっとがあるとってたの。いつか、私自ので……ちゃんと理できるとってたのよ……」
母は顔を両で覆い、助席で声を殺して泣き崩れた。
私は背筋が粟つような戦慄を覚えた。
母だけではない。父もっているのだ。あの寝の、31ものの分いマットレスの底に、何が横たわっているのかを。
の結婚活と同じさを持つ、巨な秘密。
私という息子がまれるからし、のを暗がりから縛り続けてきた何かが、今まさに、私のによって暴かれようとしていた。