"60万円の命の値段" 第2話
腹が減ってんだ」
達也は妻の急変を「自分の絶対な権威に屈した」と受け取り、満げにを鳴らした。自分がいなければ賃も払えず、パンのをかじる活に逆戻りするしかない無能な専業主婦——それが彼ので固定された美央の偶像だった。
「いいえ。夜は作りません」
「あんだと?」
「婚します。今までお世話になりました」
美央の声音は、真の面のように平坦だった。達也は瞬呆気にとられたようにを半きにしたが、すぐに顔を醜く歪めて笑いした。
「ハハッ! がり言ってんじゃねえよ! つでびして、どこで野垂れぬ気だ? どうせには『達也さん、私が悪かったです』って泣きついてくるに決まってる。おみたいな何の資格もない寄虫を、俺以の誰が養ってくれるとってんだ?」
達也はそれ以相にする価値もないとばかりに寝へと向かい、ドアを乱暴に閉め切った。
リビングに残された美央は、さく呼吸をつ落とした。彼が勤める「帝都産業」が、馬グループの第事業部の最末端にぶらがる孫会社に過ぎないことなど、この男はにもっていない。彼が誇るエリートの肩きも、収百万の活も、すべては美央の父が築きげた巨な経済圏の微な搾りかすに過ぎないのだ。
美央は寝へ戻らず、クローゼットから黒いキャリーバッグをつ取りした。
広告
荷物は必最限の着替えと、実から持ってきたいの文庫本、そして何より切な個の分証だけだ。こので達也ので買い揃えられたや装飾品には、指本触れなかった。
ダイニングテーブルへ向かい、引きしの奥から枚の用を取りす。以、達也の理尽なモラハラに限界をじた際、役所から密かにもらってきていた緑の婚届だった。
美央は万をに取り、迷いのない致で自らの氏名、、本籍を記入した。朱肉をつけ、所定の欄に自らの認印を力く押し込む。
「文句があるなら婚だ、と言いましたね」
用をつ折りにし、あらかじめ用していた漆黒のレザーファイルへと滑り込ませた。このファイルには、いずれこの男のを完全に終わらせるためのすべての証拠が挟み込まれることになる。
午分。支度をえた達也が、ネクタイを締めながらリビングへてきた。
「おい、飯はどうした。まだふてくされてんのか」
「昨晩申しげた通りです。私は今からてきます」
玄関につ美央の姿を見て、達也は靴べらを持ったまま嘲笑を浮かべた。
「あっそう。せいぜい方のボロ病院で親父のに顔でも拝んでこい。が尽きて戻ってきたら、玄関で座させてから母さんのオムツ替えをやらせるからな」
広告
バタン、と乱暴にドアが閉まり、男の音が階段をざかっていく。
美央は振り返ることなく鍵を閉め、その鍵束を郵便受けの投函から内のへと落とした。カチャリとたい属音が響く。これで、美央がこのアパートに入る段は物理に消滅した。
駅へ向かう取りは、驚くほど軽かった。もはや守るべきは何つない。残されたはない。美央はスマートフォンを取りし、ぶりに、暗記していた番号の通話ボタンを押した。
「はい、お嬢様専用回線でございます」
コール音が度鳴り終えるに、受話器の向こうから極めてく、研ぎ澄まされた男の声が響いた。馬グループ秘・黒田正親。先代総帥のとして半を捧げ、グループの裏も表もり尽くした徹な実力者だった。
「黒田さん、私です。父が……」
「すでに現の報網より報告が入っております。県医附属病院の集治療ですね」
「私の個資産、および総帥直属の全権限の凍結を、今この瞬をもって全面解除してください。至急、最峰の医療チームを現へ」
受話器の向こうで、わずかな擦れの音がした。
「畏まりました。きにわたる沈黙を破られること、馬同、よりお待ち申しげておりました。直ちに特別チームを編成し、現へ急いたします」
午。幹線と特急を乗り継ぎ、美央が方都の総病院に到着した、ICUのフロアには穏な空気が漂っていた。