"娘夫婦に貸した愛車を「名義変更して」と言われた日" 第12話
約束したことを、続けられる形で続けることだ。
拓也は希望退職へ応募しなかった。
代わりに社内資格を取り、翌からし当が増えるを選んだ。
派ではない。
しかし私は、その選択の方を信用できた。
それから2が過ぎた。
私は69歳になった。
紺のは相変わらずよくったが、しずつ維持費が増えてきた。タイヤ交換に加え、次の検ではまとまった備費がかかると言われた。
私は迷った末、を売ることにした。
理由は齢だけではない。
分乗った。
へもった。
佳代とのいの所にもった。
陽斗を助席ではなく部座席へ乗せ、をったこともある。
自分が乗りたいとって買ったを、自分が納得するまで楽しんだ。
だから今度は、自分ので放せる。
査定を頼んだのは、あの央モータースだった。
はを周してから言った。
「切に乗られましたね」
「期、別のが切に乗りすぎたけどな」
はをいして笑った。
査定額は270万円だった。
2よりがっていたが、私は気にならなかった。
契約の、美咲夫婦もへ来た。
「本当に売るの?」
美咲が聞いた。
「ああ」
「もったいなくない?」
私は娘の顔を見た。
2なら、その言葉のに「だったら私たちに」と続いたかもしれない。
今は続かなかった。
「次はどうするの?」
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「さいにする。買い物と所くらいなら分だ」
拓也が言った。
「いいといます。維持費もかなりがりますね」
私は笑った。
「今度は名義を欲しがらないのか」
拓也は苦笑した。
「もう度と言いません」
270万円のうち、私は部を次のの購入費に使った。
残りは貯した。
娘夫婦の借返済には1円も回さなかった。
それでいいとった。
返済始から3が過ぎた頃、拓也の資格当と美咲の勤務増加で、計にし余裕がた。
毎5万円だった私への返済は7万円になった。
ボーナスにも追加され、残は700万円台まで減った。
まだい。
しかし誰も焦らなくなった。
返済表は美咲が管理し、入があるたび私も確認する。
以の「300万円返済済」のような、誰かの記憶だけにする数字はもうない。
子への300万円は、それより先に完済した。
最の3万円を受け取った、子から私へ話が来た。
「いろいろご迷惑をおかけしました」
「私に謝ることではないでしょう」
「の、私も勝に美咲さんの物になるとっていました」
「もう終わった話です」
「でも、あれから自分ののことも考えたんです。私も拓也に、いつかこのはあなたのものだからってよく言ってたので」
私はし驚いた。
「それが悪いとは言いませんよ」
「ええ。でも、まだ私がんでるですからね」
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子は笑った。
私も笑った。
親が子どもへ何かを残したいとうのは自然なことだ。
しかし「いつか渡す」と「今から自由に使っていい」は違う。
そのさな違いを曖昧にしたところから、私たちの問題は始まったのだとう。
陽斗が10歳になった、私のへ遊びに来た。
玄関に入るなり、棚のに置いてあった古いカメラを見つけた。
佳代と旅していた頃に使っていた物で、今ではほとんど番がない。
「じいじ、これ使っていい?」
「壊すなよ」
「持って帰ってもいい?」
私は瞬考えた。
そして笑った。
「貸してやる」
陽斗は嬉しそうにカメラを抱えた。
「いつ返すの?」
「じいじが返してって言った」
「分かった」
「それから、貸した物は誰の物だ?」
陽斗は議そうな顔をした。
「じいじの」
「そうだ」
台所にいた美咲が吹きした。
「まだ言ってる」
「事なことだ」
「陽斗、おじいちゃんの言うこと覚えときなさい」
「はーい」
私は笑った。
数なら、この会話には苦いものが混じったかもしれない。
今はただの族の冗談になっていた。
それでいい。
傷ついたことを忘れる必はない。
ただ、それをいつまでも武器として持ち続ける必もない。
70歳の誕を迎えた朝、私はしく買ったさなで墓参りへった。
紺のスポーツセダンほど速くもなければ、格好よくもない。それでも運転席へ座ると、妙に落ち着いた。
佳代の墓のでを替え、況を話した。
美咲たちは元気にしていること。
陽斗がサッカーを続けていること。