"娘夫婦に貸した愛車を「名義変更して」と言われた日" 第10話
私はを抱えたくなった。
つの嘘を確認すると、そのから別の嘘がてくる。
しかし、今回は拓也自が資料を持ってきた。
「どうして今になってした」
「隠したまま返済を始めても、また同じになるとったからです」
拓也はそう言った。
私はすぐ許すとは言わなかった。
き妻が貸した200万円は、相続の際に把握されていなかった債権になる。税務の扱いも含めて確認が必だったため、私は専へ相談することにした。
その帰り際、拓也は玄関でち止まった。
「お義母さんに、最に言われたことがあります」
「何だ」
「修司さんには自分から言いなさいって。借そのものより、隠していることの方ができくなるからって」
胸が詰まった。
佳代らしい言葉だった。
そして拓也は、6それを守らなかった。
佳代の200万円について理するにはがかかった。
相続の資料を確認し、税理士にも相談した。結果としてきな問題になるものではなかったが、借入残を確にし、私と美咲が相続として債権をどう扱うか決める必があった。
美咲は、自分が相続した分についても放棄しないと言った。
「返してもらう」
私はし驚いた。
「夫婦なのにか」
「夫婦だから。ここでまた『族だからいい』にしたら、同じことになる」
その言葉に私は納得した。
広告
200万円については、拓也がすでに部を返した証拠が見つかった。佳代がきていたに毎2万円ずつ、計24万円を現で返しており、妻の帳にも記録が残っていた。
残り176万円。
私への1000万円。
子への300万円。
すべてを度に返すことはできない。
そこで3者で返済順序を決めた。毎の総返済額を無理のない範囲に固定し、そので割を分ける。ボーナスには追加返済するが、活防資まで使い切らない。
私はその話しいで、つだけく言った。
「陽斗の教育費は削るな」
拓也が顔をげた。
「が作った借のために、子どもの必なまでなくすのは違う。贅沢を続けろというじゃない。そこを混ぜるな」
私自、若い頃に宅ローンと子育てで苦しかった。
だから助けた。
その気持ちまで違いだったことにはしたくなかった。
ただし、助けることと肩代わりすることは違う。
数か、美咲夫婦は型ミニバンとは程い、さな古のハッチバックを買った。距はかったが備状態はよく、陽斗の送り迎えには分だった。
納の、美咲から写真が送られてきた。
《これで分でした》
私は《事に乗れ》とだけ返した。
すると陽斗から話が来た。
「じいじの青い、もう乗れないの?」
「乗りたいのか」
「うん。速そうだから」
「じゃあ今度、じいじが運転するに乗せてやる」
広告
孫はんだ。
私はし笑った。
を貸していた半、私は「族に役っているなら」と自分へ言い聞かせ、乗りたいにも慮したことがあった。
それも、もうやめることにした。
になり、私は紺ので1旅にた。
目は、佳代と若い頃に何度も訪れた辺の町だった。速をりながら、助席が空いていることに寂しさをじないわけではなかったが、それでもハンドルを握るはよかった。
サービスエリアでコーヒーをんでいると、美咲から話が来た。
「今どこ?」
「の方」
「1で?」
「ああ」
「気をつけてね」
以なら、そのに「いつ帰るの」「来週を使えない?」と続いたかもしれない。
今は違った。
「写真送って」
それだけだった。
私はへ着くと、と平線を緒に撮った。
このを買った、私は「ぬに度くらい憧れのに乗りたい」とっていた。だがのどこかでは、齢を理由に残りを数え始めてもいた。
拓也から「もう距運転もきついでしょう」と言われたに傷ついたのは、を取られそうになったからだけではない。
自分でもし、そうっていたからだ。
67歳。
若くはない。
しかし、まだ自分のを誰かに引き渡す齢でもない。
辺の駐で、私は久しぶりに片桐のことをいした。
結局、あの葬儀にはでった。
が戻らなかったからではない。
取り返した翌朝、私はあえてを選んだ。
ったまま距を運転したくなかったからだ。