"娘夫婦に貸した愛車を「名義変更して」と言われた日" 第1話
「今週の曜までに、を返してくれないか」
そう話で伝えた、私は当然、「分かった」と返ってくるものだとっていた。は私の名義で、娘夫婦に渡すにも、平は自由に使っていいが、私が必な週末には返してもらうと約束していたからだ。ところが受話器の向こうで最初に聞こえたのは、娘の美咲の声ではなく、婿の拓也のいため息だった。
「お義父さん、今になって言われても困りますよ。僕たち、今週末は陽斗を連れて旅へく予定なんです」
私は壁に掛かったカレンダーへ目をやった。曜には、30以緒に働いた元同僚、片桐の葬儀がある。急ならせだったから連絡が遅くなったのは申し訳ないとっていたが、それでも自分のを2だけ返してほしいと言うことが、なぜこれほど迷惑そうに受け取られるのか分からなかった。
「急なのは悪かったよ。でも、貸すに話しただろう。俺が週末に必なは返してもらうって」
「それは聞きましたけど、そのはとりあえず分かりましたって答えただけです。実際に何かも使ってみると、いちいち返したり借りたりする方が便なんですよ」
拓也の調には、申し訳なさよりも、こちらの求を説だと責める響きがあった。私は67歳になるまで、械部品メーカーで設備保全の仕事をしてきた。
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現では曖昧な約束ほどで揉めるとっていたから、を渡すには条件をはっきり伝えたつもりだった。
そのは、私にとって単なる移段ではなかった。い紺のスポーツセダンで、若い頃からいつか乗りたいとい続けてきただった。子育ては軽自、宅ローンが残っていた頃は古のワゴンでし、妻の治療費が必になってからは、にをかけようなどと考えたこともなかった。
妻の佳代を6にくし、仕事を完全に辞めたのが2だった。、古くから付きいのある販売で状態のいい古を見つけた、私は初めて自分のためだけにを使った。退職をいつぶすほど価ではなかったが、それでも納のには、60代になってからこんなに胸が弾むものかと自分でも笑ったほどだった。
そのを美咲に貸したのは、孫の陽斗が学へがった直だった。学童と習い事の送迎がなり、拓也が通勤に使っていた古いまで故障したという。すぐ買い替える余裕がないと聞き、私は迷った末に鍵を渡した。
「半くらいならいい。ただし、俺も乗るからな」
その、美咲は何度もをげていた。拓也も「本当に助かります。切に乗ります」と言っていたし、私はその言葉を疑わなかった。族だからこそ、細かい貸借契約など作る必もないとっていた。
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ところが半も経たないうちに、話はまるで変わっていた。
「お義父さんも、もう距の運転はきついでしょう」
拓也が突然そう言った。
「何の話だ」
「だから、のことですよ。どうせ僕たちが毎使っているんですし、いっそのこと僕の名義に変えてもらえませんか。保険も税も、これからは僕たちで払いますから」
私はすぐには返事ができなかった。「譲ってほしい」ではない。「売ってほしい」でもない。半借りているだけのを、自分の名義へ変更してくれと言っている。その言い方には、がすでに彼らの活の部になっていて、残る問題は類の所者だけだという妙な提があった。
すると、しれたところにいるとっていた美咲の声まで聞こえた。
「お父さん、私たちに任せた方がお父さんだって楽でしょう? 週末にたまに乗るためだけに持っている必もないじゃない」
胸の奥がえた。腹がつより先に、しさが込みげてきた。困っている娘を助けたいとって鍵を渡した半が、いつのにか「父親にはもう必のない物を、自分たちが効利用してあげている」に変えられていた。
私は窓のの駐を見た。当然、そこに紺のはない。
「そうか。だったら、誰のなのか度はっきりさせよう」
「お義父さん?」
「今の夜までに返してくれ。
旅の予定は自分たちで何とかしなさい」