"離婚したので、義実家への月50万円をやめました" 第1話
婚届の向こう側
「ここにサインしろ。今から、このは俺と彩佳と子供が使う」
曜の午10過ぎ、リビングのローテーブルへ婚届を叩きつけながら、夫の健太はそう言った。38歳になった私は、仕事帰りのコートさえ脱いでいなかった。暮らしたで最初に迎えられた言葉が、妻への労いでも謝罪でもなく、退命令だった。
私はより先に健太の顔を見た。
40歳になったばかりの彼は、妙にれやかな顔をしている。首には、半に私名義の族カードで買った級腕計がっていた。本は都内の堅メーカーで働く会社員で、活に困る収入ではないが、このも計も、ガレージにめてある輸入も、彼自の料では到底維持できない。
「彩佳って、誰?」
分かっていながら私は尋ねた。
健太は瞬だけ元を歪めた。
「俺が本当に緒にいたい女だよ。それと……もう子供もいる」
「子供?」
「週にまれた」
胸の奥で、何かが静かに切れた。
倫そのものより、彼が産まで隠していたことに驚いた。張だと言って何度も方へかけていた理由も、休になると実へ帰りたがった理由も、その言でつながっていく。
「いつから?」
「それ、今さら必か?」
健太はで笑った。
「とにかく俺は父親になった。これからはまともな庭を作りたいんだ。
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仕事ばかりでにもいない女と暮らすのはもう疲れた」
、私たちはの紹介で結婚した。
私は29歳でちげたITインフラ会社を育てている途だった。結婚当初の健太は「仕事を続けていい」「事は無理しなくていい」と言ってくれていた。それが会社の業績が伸び、私の収入が増えるにつれ、しずつ変わった。
「女がそんなに稼ぐ必ある?」
「俺がで恥をかく」
「にがあるなら、もっと親に楽させてやれよ」
いつしか私の仕事は、彼にとって誇りではなく「自分の自由に使えるをみす装置」になっていた。
「それで?」
私は婚届を見た。
「あなたは何を希望しているの?」
その質問を待っていたのだろう。
健太はを乗りした。
「まず、この」
私は黙った。
「子供を育てるんだから、でむには必だ。それからも置いていけ。彩佳は子供を乗せるし、全なの方がいい」
「ほかには?」
「うちの親への50万円は、今まで通り」
さすがに私は聞き返した。
「婚したも?」
「当たりだろ。今までも払ってたんだから」
「私はあなたのご両親の娘ではないけれど」
「だから何だよ。おはがあるだろ」
健太は本気で議そうな顔をした。
「俺の親はもう、おから毎50万入る提で活してるんだ。今さら止めたら困る。彩佳にも子供がいるし、俺だってこれからがかかる。
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おならそんなに使わないだろ」
あまりにも自然に言うので、瞬だけ笑いそうになった。
「つまり、あなたはと子供とこので暮らす。も使う。私はていく。それでも私は、あなたのご両親へ毎50万円を払い続ける」
「そう」
「それを慰謝料代わりにする、と?」
「俺だってしたんだよ」
健太は腕を組んだ。
「仕事ばかりの妻を支えてやった。普通の男ならとっくに浮気してる」
もうしているではないか、という言葉さえなかった。
しいというが、どこかへ消えていた。
残ったのは数字だった。
毎50万円。
600万円。
で約3000万円。
そのほかに義両親の旅費、の買い替え、検、冠婚葬祭。
健太の族へ流れた額を、私はので計算し始めた。
「分かりました」
私が言うと、健太は目を丸くした。
「婚には同します」
バッグから万をした。
「ただし、あなたが今言ったやや仕送りについて、私は何も約束しません」
「は?」
「婚届に署名するだけです」
健太は数秒考えた、く笑った。
「どうせからゴネるつもりだろ。まあいい。婚が成したら夫婦の財産は話しえばいい」
「そうね」
私は妻の欄へ名をいた。
美緒。
文字をき終えた瞬、議なほど呼吸が楽になった。
健太は婚届を奪うように取り、自分が勝者になったかのように眺めた。
「と聞き分けいいじゃん」
「あなたもく役所へした方がいいわ」
「言われなくてもの朝番です」
「そう」
私はちがった。
斎へき、ノートパソコン、会社の印章管理ファイル、分証、数分のだけをキャリーケースへ入れる。宝もバッグも、その夜は触れなかった。必なら、弁護士を通して回収すればいい。
玄関へ向かうと、健太はもう缶ビールをけていた。
「悪いな。追いすみたいで」
その言葉には答えなかった。
い玄関扉をく。
のたい空気が頬へ触れた。
背で鍵が閉まった。
健太はらない。
自分が「もらった」とっているこのは、私の会社が役員用宅として取得し、法名義で管理している。
ガレージの輸入も会社名義のリース両だ。
そして義両親への毎50万円は、私個の座から任で送っていた援助にすぎない。
何より彼はらなかった。
私がここ数か、眠を削ってまとめていた仕事が、会社そのものの将来を変えるほどきな案件だったことを。
タクシーへ乗り込んだ私は、度だけを振り返った。
健太が欲しがった「」は、最初から彼のものではない。
問題は、いつそれに気づくかだけだった。
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