"長女の命日、夢に現れた娘が告げたこと" 第1話
「私のところに来ないで」
「お母さん、私のところに来ないで」
ので、くなった女の真紀はそう言った。
どこまでもい廊の向こうに、と同じ姿でっていた。私はわず「真紀」と呼び、そちらへ歩きしたが、娘はしそうに首を振って歩がった。
「どうしたの。今はあなたに会いにくのよ」
そう言った私に、真紀は今度こそはっきりと叫んだ。
「奈緒のところへって。く!」
そこで目が覚めた。
私はサービスエリアの駐にめたの運転席で、きく息を吸った。額にはく汗が浮かび、胸の奥では臓が規則にねている。計を見ると、目を閉じてから分しか経っていなかった。
そのは真紀の命だった。
、歳だった真紀はの夜の交通事故で突然帰らぬになった。それ以来、私は毎このに、いと娘が好きだった焼き菓子をへ積み、で納骨堂へ向かうことにしていた。
今も同じだった。
ただ、つだけ違っていた。
週、次女の奈緒へ「今は緒にく?」と話した、彼女は妙にい声で答えた。
「今はけない。ちょっと々あるから」
「何かあったの?」
私が聞いた途端、「何でもないから」と会話を切られた。
それだけなら、まだ気にしなかったかもしれない。
しかし数か、歳の孫のひなが話で何気なく言った言葉も、ずっと胸に引っかかっていた。
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「お父さんがってるはね、お母さん、おばあちゃんに話しちゃダメなんだって」
奈緒はすぐ話を代わり、「ひなが変なことを言っただけ」と笑った。
だが今、のの真紀の声と、奈緒の沈んだ声がなっていた。
私はスマートフォンを取りした。
奈緒へ話する。
ない。
もう度。
それでもない。
度目の呼びし音を聞きながら、私はナビゲーションの目を消した。
《納骨堂》
その代わりに入力したのは、奈緒のマンションだった。
「真紀」
独り言のように呟いた。
「ただのだったら、あとで笑ってちょうだい」
速へ戻った。
あまりり、奈緒のむマンションへ着いたには、昼をし回っていた。
来客用駐に見慣れないいがまっていた。側面には、元の産会社の名が入っている。
胸の奥がざわついた。
奈緒のマンションは、結婚に彼女が自分の貯とローンで購入したものだった。結婚も名義は奈緒のままで、私は以、娘が「ここだけは自分で守ってきた所だから」と笑っていたのを覚えている。
エレベーターをりる。
廊の奥。
奈緒の部の玄関扉が、わずかにいていた。
から話し声が聞こえる。
そして――子どもの泣き声。
「ひな?」
私はを速めた。
玄関には、類の入った鞄を持つスーツ姿の男性がっていた。
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「すみません」
声をかけると、男は困ったように振り返った。
「こちらのご族ですか」
「母です。で何が起きているんですか」
答えを待たず、私は靴を脱いでリビングへ入った。
そこで、が止まった。
奈緒はダイニングテーブルのに座っていた。
顔は青ざめ、唇が震えている。
首が赤く腫れていた。
すぐ隣には夫の健太がち、奈緒の肩へを置いている。
反対側には姑の千恵子さん。
テーブルのには通帳、権利関係の類、印鑑、そして産売却の媒介契約らしきが並んでいた。
壁際では、ひなが泣いている。
「何をしているの?」
私の声に、全員が振り向いた。
奈緒の目に浮かんだものを見た瞬、りより先に寒気がした。
ではない。
驚きでもない。
はっきりとした恐怖だった。
「お母さん……」
「なんで来たの」
声が震えている。
私がづこうとすると、健太がへ入った。
「お義母さん、今は夫婦で事な話をしているところなんです」
「産会社のまで呼んで?」
健太の目が険しくなった。
「俺のの資繰りが厳しいんです。このを売ればて直せる」
「奈緒のでしょう」
「夫婦なんだから同じです」
今度は千恵子さんがを挟んだ。
「佳代さん、若い夫婦のことですから。奈緒さんがし迷っているだけなんですよ。族なんだから、こういうに助けわないと」
私はを見ず、奈緒だけを見た。
「奈緒」
娘がかすかに顔をげる。
「あなたは、このを売りたいの?」
健太がすぐ言った。
「だから夫婦で話は――」
「奈緒に聞いています」
内が静かになった。
奈緒の唇がく。
しかし声にならない。
その、健太のが奈緒の肩へい込むのが見えた。
「奈緒。もう話しただろ」
娘の顔が苦痛に歪んだ。
「そのをしてください」
私が言うと、健太はで笑った。
「族の問題ですよ」
「だからです」
壁際にいたひながってきた。
「おばあちゃん!」
私はさな体を抱きしめた。
ひなは声をげて泣いた。
「お母さん、ずっと怖いの」
玄関にいた産会社の男性が、そこでリビングの入へ姿を見せた。
「申し訳ありません。私からもつ確認させてください」
健太が苛った顔を向けた。
「何ですか。今、話しているところでしょう」
男性は元の類を閉じた。
「所者である奥様ご本のを、私どもはまだ確認できておりません」
「妻なんだから俺と話はついてるんですよ」
「ご本から確な同がなければ、こちらとしては本の続きを続けられません」
千恵子さんがちがった。
「族で決めることなんだから、余計なことを言わないでください」
「余計なことではありません」
担当者は静かに答えた。
「なくとも、今の状態で署名をお願いすることはできません」
その言葉を聞いた瞬。
奈緒が、ほんのしだけ顔をげた。
私はひなを抱いたまま聞いた。
「奈緒。今、うちへ来る?」
「え……」
健太が声を荒らげた。
「勝なことを言わないでください!」
「あなたには聞いていません」
「夫婦ですよ!」
そのだった。
ひなが奈緒へ向かって叫んだ。
「お母さん、おばあちゃんちこう!」
奈緒は娘を見た。
しばらくかなかった。
やがて目をく閉じ、震える息を吐いた。
そして初めて、自分の声で言った。
「……く」
健太の顔が変わった。
「奈緒」
「お母さんのにく」
私はバッグからスマートフォンをした。
「警察を呼びます」
「は?」
健太が笑った。
「夫婦喧嘩で警察? げさでしょう」
「娘はあなたを怖がっています。孫も泣いています。そして奈緒の首は赤く腫れている」
画面を操作した。
「これ以、ここであなた方と話しうつもりはありません」
110番へつないだ瞬。
それまで気だった健太の表から、初めて余裕が消えた。
分ほどで警察官が到着した。
事を確認した警察官は、奈緒と健太を同じ所で話させなかった。奈緒は寝へ移され、私はひなと廊で待つことになった。
から聞いたところでは、最初、奈緒は「丈夫です」と答え続けたらしい。
しかし女性警察官が赤くなった首を見て、静かに尋ねた。
「今は旦さんと緒にいたくありませんか」
奈緒はく黙った。
「全な所へきたいですか」
そこでようやく。
「はい」
と答えた。
それから分。
奈緒は最限のと貴品だけを鞄へ入れ、ひなのを握って玄関からた。
健太に名を呼ばれても振り返らなかった。
駐へ着き、のドアを閉める。
の音が遮られた途端、部座席の奈緒は体の力を失ったように背もたれへ沈んだ。
ひなは母の膝へを乗せた。
私はルームミラー越しにを見た。
本来なら。
今頃私は真紀の納骨堂へ向かっているはずだった。
それなのに、ので真紀は言った。
《私のところに来ないで》
《奈緒のところへって》
それが本当に真紀だったのか、しみが見せただったのか。
このの私には分からなかった。
ただつ。
を変えたことだけは、違いではなかった。
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