"昭和51年、閉山した炭鉱町から消えた父" 第10話
帰らなかった父の居所
名札の裏にかれた言葉は、父が坑内からへたことを示していた。だが、誰がこれを母へ届けたのかは分からなかった。封筒に指紋はなく、消印もない。名札にはとの跡が残り、いあいだ坑内かにあったように見えた。
「父はへたの?」
私は母に尋ねた。
「この字は、お父さんの字だね」
「それなら、きているの?」
母は名札を両で包んだ。
「この言葉をいたときは、きていたんだろうね」
それだけだった。母は、父が戻らなかった理由をっているようで、らないようでもあった。名札の発見を受け、県の調査員は側の排を改めて確認することになった。しかし、坑内は崩落の危険があり、すぐにを入れることはできなかった。私たちにできるのは、父がへた記録を探すことだけだった。
古賀さんは、閉の鉄駅に残された乗記録や、町の宿帳を調べた。父の名は見つからなかった。偽名を使った能性もある。父の作業や靴がに残っていたのは、会社がそれを置いていったのか、父が図に残したのかも分からない。
数週、林さんが私のを訪ねてきた。彼女は、父が診療所へ預けた類の最の枚を見つけたという。診療所の患者記録に挟まっていたそのには、県の所と「杉浦修」
広告
とは異なる名がかれていた。
「修さんが、誰かに預けたものかもしれない」
所は、港町の簡易宿泊所だった。私は母と緒にそこへ向かった。宿はすでに取り壊され、跡にはさな倉庫が建っている。くの堂を訪ねると、配の主が父の顔写真を見て、何かをいしたように目を細めた。
「このなら、昭51のに何度か来た。炭鉱のだと言っていた。名は、確か修さんだった」
父は、町をてから数か、この港で働いていたらしい。だが、には姿を見せなくなった。主は父が咳き込んでいたことを覚えていた。作業着の胸には、炭鉱の名札がついていたという。
「族のことをよく話していましたよ。娘が2いる。の子はよくるだろう、と笑っていた」
私は、その話を聞いて涙がた。父は私がることを分かっていた。分かっていながら、帰ってこなかった。
主は、父が入りしていたさな郵便局のことを教えてくれた。父は毎、現留をしていたらしい。しかし、送り先の所は、宿の帳簿には残っていなかった。郵便局は何もに閉鎖されていたが、局員だった女性が隣町に暮らしていた。
女性は、母を見てすぐに気づいた。
「杉浦さんの奥さんね。ご主から、あなたへ渡してほしいと言われたものがある」
彼女は、封筒をひとつ取りした。
広告
には、父の字で昭524と付が記されていた。
母は封を切らず、私に渡した。
「あなたが先に読んで」
には、いが入っていた。
「織へ。帰るつもりでいた。だが、坑内からたとき、会社のがのを見張っていた。井を連れてられず、俺だけが逃げたとわれれば、族に危険が及ぶと考えた。県へ記録を渡すまで、名を変えて働く。すぐ戻るつもりだった。だが、肺が悪く、咳が止まらない。あとしだけ待ってほしい。子の薬代は送る。織、おたちに黙っていることが、守ることだとい込んでいた。違いだった」
はそこで終わっていた。所も、次に連絡するもかれていない。現留の控えを郵便局員が保管していたため、母は毎届いていた額のが、父から送られたものだったとった。
母はを読み終え、しばらく何も言わなかった。
「お母さんは、っていたの?」
「おが届くことはっていた。でも、お父さんだとは分からなかった。差は毎回違う名だったから」
「どうして言わなかったの」
「あなたに希望を持たせたくなかった。が来るたびに、今度こそ帰るとって、何度も待ったんだよ」
母は、父からの便りを受け取るたび、ひとりで読んでいた。は数通あったが、昭52のを最に届かなくなった。
父がどこへったのか、なぜ連絡をやめたのかは分からない。あの港町の堂の主は、父がそののに入院したと聞いたという。肺の病気だったらしいが、入院先は分からなかった。
を持ち帰ったあと、母は父の靴を物置からした。は乾き、底の溝には炭のが残っていた。母はそれを洗わず、玄関に並べた。
「帰ってこないの靴を、いつまで置くの」
私が聞くと、母は首を横に振った。
「帰る所を残しておきたかったんだよ」
翌、県の調査で井さんの族に補償が認められ、炭鉱会社は記録改変について公式に謝罪した。閉の健康調査もやり直され、子は継続治療を受けられることになった。父の所は最まで確認できなかった。坑内の捜索では骨も遺品も見つからず、父がいつ、どこでくなったのかは分からないままだった。
私はを卒業して町をた。母と子も、数に社宅をれた。を引き払うの晩、私は父の作業を箱に入れた。子の内側には、鉛でさく「」とかれていた。
それから何も経ち、炭鉱町の跡にはが伸びた。坑の入はいコンクリートで塞がれ、の形だけが昔と変わらず残っている。私は町へ帰るたび、封鎖板のあった所にった。
父がへ戻らなかったことを、私は今も許せない。
母が何も何も言わずに待ったことも、私たちがらないままになったことも、消えはしない。それでも、父が最に残した記録は、帳簿から消されたたちの名を戻した。父が族に残したのは、帰らなかった理由ではなく、誰かを記録から消させないための証拠だった。
母がくなったあと、私は父のをさな箱に入れた。箱の底には、母が最まで持っていた炭鉱の鍵がある。鍵には番号が刻まれていたが、う扉はもう町には残っていない。
封筒の裏に、母の字でい言葉がかれていた。
「帰ってこなかったにも、帰る所は必だった」
その言葉を読み、私はようやく、玄関に置かれていた父の靴をいした。父は帰れなかったのか、帰らなかったのか。最まで答えはなかった。
ただ、閉した炭鉱町から消えた父が、誰の記憶にも残らないではなかったことだけは、確かだった。