"昭和51年、閉山した炭鉱町から消えた父" 第7話
「族を守る」という言葉
父が妹を守ろうとした理由をるため、私は子が病気になったのことをいした。閉が決まるし、妹はをし、炭鉱診療所で診てもらった。診療所の医師は、坑内から持ち込まれたが肺に入り込んでいる能性があると説した。子が鉱に入ったことはない。父の作業着を洗うとき、がから落ちてくることはあったが、それだけで病気になるのだろうか。
母は、子の病気を誰にもられたくなかったと話した。閉の、会社は従業員族の健康状態を調査していた。鉱のが原因と認められれば、補償の対象になる能性があった。しかし、族の検査記録は会社の保健所に保管され、子の名も記録に残っていた。
「お父さんは、子の検査結果を見たの?」
「見た。肺のがあると説された。でも、会社の記録には『既往症なし』とかれていた」
「そんなことが許されるの」
「会社は、子が炭鉱のを吸う環境にいなかったと言った。病気は別の理由だとされた」
父はその記録を確かめるため、の坑に残っていた測定資料を探していた。坑内の換気が止まった、がの社宅側へ流れた向き、診療所の検査結果。それらを比べれば、会社が族の健康調査を改ざんした証拠になるとったらしい。
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それでも、なぜ父は私たちに説しなかったのか。なぜで坑内へ戻ったのか。母は、「族を巻き込めば、会社から逃げられなくなる」と父が言っていたと話した。
「それは、守ることじゃないよ」
私が言うと、母はうなずいた。
「そうだね。あのは、そうい込んでいた」
母の言葉には、りと諦めが混じっていた。母は父を待っていたが、父の選択をすべて許したわけではなかった。い、族のために黙っていたことが、族を守ったのか、傷つけたのか、母にも分からなかった。
古賀さんは、会社が保管していた健康調査票を探すため、旧診療所の記録を役に提した。役は個報を理由にすぐには公できないとしたが、帳簿と証言が揃えば、県の労働基準局に申してをえるという。問題は、父が見つけたはずの測定記録と、井さんの所だった。
瀬さんから、が届いた。便箋には、彼がからたあとに見たものがかれていた。父は、坑のへ向かう途で「井はもうにた」と言った。しかし、その、瀬さんは会社のに呼び止められ、傷の治療を受けるため病院へ連れていかれた。父の方を確認する会はなかった。
「俺は修が井を見つけたとっていた。だが、見つけたとは言っていない」
その言葉を読んだ夜、私は母の部から、父が最に使っていたさな帳を見つけた。
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表には、母が燃やした帳面とは別の番号がある。には、坑内の測定数値のほか、族の名と付が並んでいた。
母、修、私、子。
私たちの名の横には、診療所の検査結果がかれていた。父は、母と私にも軽い異常があると記録していた。子だけではなかった。
帳の最に、折り畳まれたが挟まっていた。
「の底に、もうひとつ入がある。図にはない。の横、古い巻揚げの。そこに井がいるなら、閉の事故ではなく、会社が閉にった作業の証拠になる」
付は、父が消えたの朝だった。
続けて、もうあった。
「もし戻れなければ、族に言わないでくれ。だが、子の記録だけは残してほしい」
私はそのを母に見せた。母はく読み、最に目を閉じた。
「これが、あのの考えだったんだね」
「お父さんは戻らないつもりだったの?」
母は首を振った。
「そうはいていない。ただ、戻れないかもしれないと分かっていた」