"昭和51年、閉山した炭鉱町から消えた父" 第1話
父の靴だけが残っていた
「お父さんは、もうこのには帰ってこないよ」
母がそう言ったのは、昭5111、閉から3目の夜だった。卓には、めた芋の煮物と、町内会から配られた閉見の封筒が置かれている。玄関には父の靴がをつけたまま並び、壁の釘には炭鉱の作業が掛かっていた。父が持ってたのは、古い提げ鞄ひとつだけだった。
「お父さん、どこへったの」
私は母の顔を見た。母は器を洗うを止めなかった。
「らない。探さなくていい」
「警察には?」
「もう届けたよ」
母はそれきり何も話さなかった。父が姿を消したの晩、ではいつもと同じように夕飯をべていた。父は噌汁をみ、妹の子に「学の先に言われたことは、に帰ってから話せ」と言った。私には、閉に町をるならを辞めるなとを押した。いつもより数がないようにえたが、閉した炭鉱で働いていたは皆、先のことを考えて黙りがちだった。
翌朝、父は「元坑の様子を見てくる」と言ってをた。それから戻らなかった。
そのころ、町の空気は炭のではなく、諦めの匂いを帯びていた。裾に並ぶ社宅では、隣所が荷造りを始め、荷台に箪笥や布団を縛ったトラックがに何台も坂をっていった。閉した井野炭鉱は、町の々にとって仕事であるだけでなく、学や病院や商まで支えてきた所だった。
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坑が閉じられれば、商の半分も、を越せないと皆がっていた。
父の名は、杉浦修。歳。採炭夫ではなく、坑内の保係をしていた。の事務所にいるもあったが、ガス検器を肩に掛けて坑へ入ることがかった。危険をらせる役目のが、閉した坑へ戻る理由はない。だが父は、閉の直から何度も「まだ片づいていないものがある」と言っていた。
その言葉を、私は聞き流していた。
閉式の翌、父の同僚だった古賀さんがへ来た。子をに持ち、母ので何度も言葉を探していた。
「修さん、会社のと揉めていた。けど、を持ち逃げするようなじゃない」
「そんなことは分かっています」
母は静かに答えた。古賀さんは、私と目がうと線をした。
「坑内に入ったという話は聞いたか」
母のが、湯みの縁で止まった。
「いいえ」
その瞬を、私は見逃さなかった。母はっている。父が最に向かった所をっている。それなのに、探さなくていいと言った。
古賀さんが帰ったあと、私は母を問い詰めた。母は答えず、父の靴を聞で包み、物置の奥へ運んだ。父の作業も、壁からして緒にしまった。
「どうして隠すの」
「隠しているんじゃないよ」
「じゃあ、どうして?」
母は物置の戸を閉めた。
「あなたたちを守るため」
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その晩、私は父の作業着を探した。洗いに置かれた類のに、胸のポケットが破れた古い着が枚だけ残っていた。ポケットの裏を指で探ると、い片が縫い込まれている。糸を切って取りしたのは、折り畳まれたさなだった。
そこには、父の字で数字がつかれていた。
「番坑、、分」
私はそれを母に見せなかった。翌朝、学へくふりをして、閉鎖された炭鉱へ向かった。
坑のには、入禁止の板が打ちつけられていた。板の隙から見える暗の奥で、鉄の梯子がわずかに揺れていた。が吹き込んだだけかもしれない。そういながらづいた私は、錆びた扉の脇にさないが挟まっているのに気づいた。
には、父の名と、私がらない付がかれていた。
昭51116。
閉式の4だった。