"離婚した元夫は、私の再婚相手を知らない" 第1話
「ああ、せいせいした。やっと肩の荷がりたぜ」
のえ込むが、庭裁判所のな御の階段を吹き抜けていく。 目のにつ男――たった分まで私の戸籍の夫であった男、矢野達也(やの・たつや)は、仕ての良いチャコールグレーのスーツのラペルを指先で弾き、勝ち誇ったような歪んだ笑みを浮かべていた。
「これでれて自由のだ。おみたいなげのかけらもない、とのことばかり気にしてる仕事毒のババアと顔を突きわせる活も、今で終わりだな」
私は無言のまま、黒いトレンチコートのポケットので両を固く握りしめていた。 代半ばから代へと差し掛かる。私が学病院の臓血管科医として、昼夜を問わず救急搬送される患者の胸骨を切りき、拍する臓にメスを振るい続けていたその裏で、この男が何をしていたか。
達也が今につけている、イタリア製のつ揃えスーツ。 その鍛えげられた首で鈍いを放つ、ロレックス・デイトジャスト。 元のベルルッティの革靴。 すべて、私が激務の術当直と当直けの来をこなし、文字通り自らの寿命を削って稼ぎしたで買い与えたものだった。
「警察官としての体面があるだろ? 捜査課のエースが物のスーツなんか着てたら、ヤクザや被疑者に舐められるんだよ」
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かつてそう甘えて請ってきた男の顔を、私はまじまじと見つめた。 歳。県警本部刑事部捜査第課・犯捜査第係所属、警部補。 自らを「正義を司る選ばれたエリート」と信じ込み、その実、活費の割を妻の医師報酬に寄させていたヒモ同然の男。
「聞いてるのかよ、美央(みお)?」 達也は私のややかな沈黙を「捨てられた女の絶望」とでも解釈したのか、さらに嘲笑のトーンを段げた。
「これからは俺も、若くて素直ない彼女としい庭を築くんだ。おもせいぜい、血と脂の臭いが染み付いた術で寂しく老いさらばえていくんだな。……まあ、おももうのを探せばいいさ」
男はでフッと笑い、見すように私を瞥した。
「もっとも、の干からびた女科医を拾いげるような物好きな男がいれば、の話だがな!」
吐き捨てるように背を向け、通りへ向かって股で歩きす達也。 その背を見送りながら、私のので、にわたって燻り続けていた最のの残りが、プツンと音をてて消え失せた。
しみはない。りすら湧かない。 ただ、筋梗塞で壊した筋組織をメスで剥するのような、絶対零度の静寂が全の細胞を満たしていく。
「……ええ、そうね」
私はさく呟いた。届くはずのない男の背に向けて。
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「言われなくても、あなたの言う通りにするわ」
私は踵を返し、裁判所の敷をて、角を曲がった並へと向かった。 そこには、周囲の景観に溶け込むようでいて、見る者が目を凝らせば息を呑むような、黒塗りのセンチュリー・ロイヤル仕様のハイヤーが静かにアイドリングを続けていた。
私が歩からづくと、黒い袋を嵌めた初老の運転が素く運転席からり、々と最敬礼をして部座席のドアをけた。
「お疲れ様でございました、美央先」 「ありがとう、相馬(そうま)さん」
内に滑り込むと、な防音ガラスによっての都会の喧騒が完全に遮断された。 本革シートのほのかな芳と、均にコントロールされた温かな空気。 そして、私の隣に座っていた男性が、元の分いファイルを閉じ、静かにこちらを向いた。
「……終わったかい、美央」
く、く、腹の底によく響くバリトンの声。 宗方慎郎(むなかた・しんいちろう)、歳。 完璧に入れされた髪交じりの髪に、無駄な肉の削ぎ落とされた精悍な顔ち。仕ての良い濃紺のダブルブレストスーツを着こなすその佇まいからは、数万のを統率する者だけが放つ、静謐な覇気が漂っていた。
「ええ。調調に双方が署名捺印しました。これでもう、私と矢野達也は法に完全な赤のです」
私はシートの背もたれにくを預け、く止めていた息を静かに吐きした。