"援助し続けた兄が隠していた二年間" 第1話
「悪い。万円だけ貸してくれないか」
の、兄の健司からそう話がかかってきた、私は理由を最まで聞くに「分かった」と答えていた。歳の兄は、その半ほどに交通事故に遭い、脚を複雑骨折してい入院とリハビリを経験していた。退院も杖を使い、以勤めていた械備会社へ戻ることが難しくなったと聞いていたからだ。
私は本直、当歳。元からでほどれた町で、妻の美咲とで暮らしていた。特別裕福というわけではないが、私は物流会社の設備管理、美咲はさな税理士事務所で事務をしており、で働けば活に困るほどではなかった。
「しい会社に入ったんだけど、料までしりないんだ。賃と通院代がなってさ」
兄は申し訳なさそうに言った。
そののうちに万円を送った。
美咲へ話すと、彼女も反対しなかった。
「事故のあとだもんね。落ち着くまでなら仕方ないよ」
私もそうっていた。
兄が困っているなら、自分にできる範囲で助ける。それは恩返しのようなものでもあった。
学の頃、私は体がさく、同級からよくからかわれた。ランドセルを隠されたこともあれば、履きを庭へ投げられたこともある。つの健司は、そんな私を見るたび相のへち、「弟に触るな」
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と言った。
度、私を庇って級と喧嘩になり、唇を切って帰ってきたことがある。
母に理由を聞かれても、
「転んだ」
としか言わなかった。
夜になって私が謝ると、兄は布団のから笑った。
「弟なんだから、助けるの当たりだろ」
その言葉を、私は歳を過ぎても忘れていなかった。
だから万円くらい、したことではないとった。
ところが翌、再び兄から連絡が来た。
「今度は万、何とかならないか」
「また?」
「会社の社会保険に入るまでの分と、病院代がなった。来からは丈夫だから」
し気になったが、送った。
その次は万円。
理由は、にわせた装具を作り直すため。
さらにかには万円。
「の会社を辞めたの民税が気に来た」と言われた。
額はしずつきくなった。
美咲は計簿をつけながら、ある夜、静かに聞いた。
「これ、貸してるの? あげてるの?」
私は答えに詰まった。
兄はいつも「貸してくれ」と言う。
けれど度も返ってきたことはない。
「落ち着いたら返してくれるとう」
「そう」
美咲はそれ以言わなかった。
ただ、計簿の端へさく《健司さん》とき、送った額を記録した。
そのの私は、それが半、百万円を超える数字になるとはっていなかった。
兄への援助は、度始まると途切れなくなった。
万円。
万円。
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万円。
には万円だけのもあったが、か何も言ってこないことはほとんどなかった。理由は毎回しずつ違い、薬代、通院交通費、仕事で必な靴、の故障、更料、税、料の変更など、どれも聞けばあり得そうな話だった。
私は自分なりに節約した。
昼をでべるのをやめ、残業を増やし、休勤も引き受けた。以は夫婦でに度かけていた温泉も減り、美咲が「そろそろし広い部へ引っ越したいね」と言っていた話も、いつのにかち消えになった。
兄から万円を頼まれたある、私は初めて断りかけた。
「健司、ごめん。今はうちも検があって、万は無理だ」
話の向こうで数秒、沈黙が続いた。
やがて兄はい声で言った。
「直、おはいいよな」
「何が?」
「普通に歩けて、普通に働けて、嫁さんまでいる。俺はがこんなになって、まともな会社にも雇ってもらえない」
胸を刺されたような気がした。
「そういうじゃないよ」
「事故に遭ったのは俺が悪いのか? 料がいのも俺のせいか? 俺はおよりずっと幸なんだぞ。内くらい助けてくれてもいいだろ」
結局、そのも万円を送った。
美咲は何も言わなかった。
けれど夜、寝るに尋ねた。
「直、本当に健司さんの今の料、ってる?」
「いって聞いてる」
「いくら?」
答えられなかった。
「会社は?」
「元のさい部品会社」
「会社名は?」
それも曖昧だった。
私は兄から聞いたことを、ほとんど確認していなかった。