"娘の席を愛人に譲った夫の末路" 第5話
女はこくりと頷き、さゆりの首にぎゅっと抱きついた。
「おい! さゆり! どこへく気だ! チケットはどうするんだよ!」
背から敬吾の狼狽した声が追いかけてくる。しかし、さゆりは度と振り返らなかった。
彼女が陽菜のを引いて向かったのは、勢の旅客がひしめく般の保検査ではなかった。
空港の最も奥く、限られた特別顧客のみがち入ることを許された、専用のゲートだった。
般旅客の喧騒が急速にざかり、空港ビルの端に位置するビジネスジェット専用ターミナルへとを踏み入れると、そこには別世界の静寂が広がっていた。
い吹き抜けのロビーには毛のい絨毯が敷き詰められ、質な革のソファと淡い接照が、訪れる者のプライバシーを完璧に保護している。自扉を抜けたさゆりと陽菜を、濃紺のスーツをに纏った専任のコンシェルジュが々と腰を折って迎えた。
「いらっしゃいませ。本はどのようなご用件でしょうか」
さゆりは陽菜のを握ったまま受付カウンターへ歩み寄り、バッグから枚の黒いチタン製カードを取りした。
それは、国内数の航空ホールディングスと、複数のメガバンクが共同資するプライベートジェット運航会社のエグゼクティブ・メンバーズカードだった。
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世界各国の政府や、証プライム企業のトップ層のでも、ごく握りの顧問契約者にのみ発される特権証憑だ。
コンシェルジュが端末にカードをかざした瞬、その瞳に微かな緊張がった。端末の画面には、契約者名『さゆり』の文字とともに、最ランクの信用承認コードが表示されていた。
「先、変失礼いたしました。いつも格別のご配を賜り、より御礼申しげます」
コンシェルジュの腰の角度がさらにくなった。
「千歳空港まで、今すぐ配能な型はありますか?」
さゆりの淀みない問いかけに、担当者は素く運航管理システムを叩いた。
「はい。ちょうど1に羽田を陸能な、ガルフストリームG280が1、駐にて待しております。8乗りのビジネスジェットでございます。ただ、当の緊急チャーターとなりますと、回航費用を含めまして約450万円ほどのご請求となりますが……」
「構いません。私の個コンサルティング座から即決済してください」
さゆりは迷いなく暗証番号を入力した。
敬吾が部の席をアップグレードするためにケチケチと使い込んだマイルなどとは、桁の違う額だった。しかし、さゆりにとってこれは単なる移段の購入ではない。10にわたり搾取され続けてきた自らの尊厳と、娘の全を買い戻すための、極めて価な対価に過ぎなかった。
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「決済、正常に完いたしました。保検査および国審査は当ターミナル内の専用ブースにて3分で完いたします。ご発まで、第1VIPラウンジにておくつろぎください」
案内されたラウンジは、ガラス越しにプライベート専用のエプロンを望できる豪奢な空だった。の乗客の姿はもなく、静かにクラシック音楽が流れている。
スタッフが陽菜のために、搾りたての無添加リンゴジュースと、老舗ホテルの焼き菓子を運んできた。陽菜はふかふかのソファに々と座り、目を丸くしての景を見つめた。
「ママ……ここ、すっごく静かだね。パパの言ってた広い席より、ずっと広くて綺麗」
「そうよ、陽菜。ここはね、陽菜とママだけのお部よ。もう誰かに席を奪われる配なんてないから、していいのよ」
さゆりが優しく微笑みかけると、陽菜は嬉しそうにジュースのストローをくわえ、ぬいぐるみのウサギに「おいしいね」と話しかけた。娘の顔から先ほどの張りとおびえが完全に消えっているのを見て、さゆりは自らの決断が正しかったことを確信した。
陽菜が落ち着いたのを見届けると、さゆりはバッグから仕事用の型ノートパソコンを取りした。
ラウンジの専用暗号化Wi-Fiに接続し、敬吾が所属する総商社「邦物産」
の役員専用法務回線へとアクセスする。