"十年分の船代で始まった一人旅" 第5話
「はい。で買ったってに言える物じゃなくて、私が毎見たい物にします」
その言葉を聞いた、私は桃のタルトをべていた夜の吉さんをいした。
やっと同じ顔に戻った。
その晩から、テーブルの空気がし変わった。
変わらなかったのは千鶴子さんだけだった。
彼女は今度、私ではなく吉さんの乗カードを見て言った。
「度乗ったくらいでは、まだの本当の良さは分からないけどね」
けれどその声は、以ほどきくなかった。
翌の寄港では、私と吉さん夫妻は同じ観バスに乗った。
畳の旧を歩き、さな教会を見て、港を見ろす丘へがる般なコースだった。千鶴子さん夫妻は朝から黒い級へ乗り込み、別をしているのを見かけた。
「やっぱり、ああいうの方が楽なんでしょうね」
吉さんが言った。
「そうかもしれませんね」
「の私なら、それだけで負けた気がしてたとう」
私は笑った。
「旅に勝ち負けがあるんですか?」
「に乗ってから、あるような気がしてたんです」
その言葉が妙に残った。
昼過ぎ、急にいがりした。
私たちのバスは予定を変更し、港くのさなで自由を取ることになった。根のへ逃げ込むと、そこでいがけず千鶴子さん夫妻と鉢わせた。
黒いの運転が体調を崩し、予定していた郊のレストランへけなくなったらしい。
広告
「こんなところで昼なんて」
千鶴子さんは満そうだった。
方、隆さんはの奥にある堂の匂いを嗅ぎ、
「焼き魚、うまそうだな」
と言った。
千鶴子さんが睨んだ。
「あなた、せっかくへ来て焼き魚?」
「魚はどこでも魚だろ」
私はわず笑ってしまった。
隆さんもこちらを見て笑った。
結局、ほどで同じさな堂へ入った。
壁にはきのメニュー。
テーブルはし傾いている。
級などない。
けれど運ばれてきた魚の焼きは驚くほど美しかった。
「これ、うまいなあ」
隆さんが何度も言う。
千鶴子さんは最初こそ嫌だったが、べると黙った。
私たちはの会員ランクも客番号も忘れ、ただ料理の話をした。
会計の、正さんが銭を数え、私も財布から現をした。
以なら千鶴子さんに「現を持ち歩くなんて」と言われただろう。
このは何も言わなかった。
をる頃にはががっていた。
隆さんが私の隣へ来た。
「杉本さん、ご主、にお勤めだったんですって?」
「ええ」
「何を作っていたんです?」
「作械の部品です。何分のミリがずれるだけで気になるでした」
「そういうが、か」
隆さんはを見た。
「俺には真似できないな」
その言葉に見す響きはなかった。
むしろ、し羨ましそうだった。
へ戻り、部で着を脱いだ、内ポケットの封筒からが枚落ちた。
広告
分の積額をいただとった。
しかし裏返すと、私はまだ読んでいなかったい文章があった。
常夫の字だった。
《へったら、つだけ何か買おう。い物でなくていい。へ帰って、見るたびにの話ができる物》
私はベッドへ腰をろした。
わず笑ってしまった。
「もう買ったわよ」
港ので買った青いガラスの魚。
千円ほどだった。
常夫が像していた「のい」としては、ずいぶんさい。
けれど私は、それを見るたびに坂の港町と、突然のと、吉さんの笑い声をいすだろう。
常夫はやっぱり値段では選ばない。
あのが価な物を嫌っていたわけではない。
本当に気に入れば、い物でも買った。
結婚目の真珠も、普段の常夫なら絶対に選ばない額だった。
「気に入ったから買った」
それだけだった。
夕方、展望ラウンジへくと、千鶴子さんがで座っていた。
珍しい。
いつも夫か、同じカードのと緒だった。
私はれた席へ座ろうとした。
すると向こうから声がした。
「杉本さん」
振り返る。
「しいい?」
仕方なく向かいへ座った。
千鶴子さんはしばらくを見ていた。
「昨のことで、私が嘘をついたみたいになったでしょう」
「何のことですか?」
「絵よ。価値ががるって話」
私は黙った。
「スタッフからそう聞いたわけじゃないの。