"十年分の船代で始まった一人旅" 第3話
嬉しそうではない。
むしろ宿題を与えられた子どものようだった。
その夜、部へ戻って内聞をいた。
翌の欄に、
《アートオークション・プレビュー》
とある。
そのには、
《見るだけでも歓迎》
とかれていた。
私は参加するつもりなどなかった。
ところが次のの夕で千鶴子さんは、吉さんへ枚の作品番号を見せながら言った。
「これなんか初めて買う方にはちょうどいいわよ。万円でしょうね」
吉さんは、さく頷いた。
そのがかすかに震えていることに、千鶴子さんは気づいていなかった。
フォーマルナイトの夕で、私は娘が選んでくれた紺のワンピースを着た。
には、結婚目の記に常夫が買ってくれたさな真珠のイヤリングをつけた。価な物ではない。けれど常夫が宝飾へで入り、「妻に似うものを」と員に相談して買ったとからり、私はそれ以来ずっと事にしている。
席へ着くと、千鶴子さんが私をからまで眺めた。
「そのイヤリング、らしいわね」
「ありがとうございます」
「だと、もうしのある物でもいいとうけど」
私は笑った。
「主がくれたものなので、私はこれが番なんです」
千鶴子さんは肩をすくめた。
「杉本さんって、本当に昔気質なのね。代も、イヤリングもずっと同じ。
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今どきは楽しめるに楽しむものよ。もかけないと来られないなんて、もったいないじゃない」
今度は、のように聞き流さなかった。
私はナイフとフォークを静かに置いた。
「かけないと来られなかったんじゃないんです」
千鶴子さんが私を見た。
「、夫と緒に来るを楽しみにしていたんです。でも、そのより先に夫がくなりました」
テーブルから音が消えた。
「だから私は、夫が残した代で来ました。おを貯めるのにかかったんじゃありません。で楽しみに待っていたが、あったんです」
千鶴子さんはをきかけた。
けれど、何もてこなかった。
初めてだった。
毎晩必ず何かを言っていたが、完全に黙った。
隣で隆さんがゆっくり目を伏せた。正さんは鏡をし、ナプキンで目元を押さえた。吉さんは私のをそっと触った。
私はそれ以言わなかった。
自分がどれほど辛かったか説する気もない。
千鶴子さんを恥じ入らせたいわけでもなかった。
ただ、を勝に値段へ換算されたくなかっただけだ。
事の、広でオークションの見会が始まった。
吉さんは、青とを基調にしたきな版画のからかなかった。
「これです。千鶴子さんに勧められたの」
さな札には、始価格万円とかれている。
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「気に入ったんですか?」
私は聞いた。
吉さんは絵を見つめた。
しばらくして答えた。
「分からないんです」
その返事の直、会へ千鶴子さんが入ってきた。
さっきまで黙っていたとはえないほどく、いつもの笑顔へ戻っている。
「あら、吉さん。やっぱりその絵でしょう? こういう物は迷っているうちにの方が買ってしまうわよ」
吉さんの指が、入札番号のかれた札をく握った。
始のベルが鳴った。
司会者が作品を紹介し始める。
「万円から参ります」
吉さんのが、ゆっくりがりかけた。
そのは、桃のタルトへ伸びたよりずっとそうだった。
私は初めて、こので誰かの買い物を止めるべきかもしれないとった。
「吉さん」
私はさな声で呼んだ。
彼女のが途で止まった。
「その絵、おのどこへ飾るんですか?」
吉さんは私を見た。
質問のが分からないという顔だった。
「どこって……」
「居ですか? 玄関ですか?」
吉さんの目が再び絵へ向いた。
「うちは居にきな窓があるから、壁があまりなくて」
「じゃあ寝?」
「寝はなんです」
答えるほどに、吉さん自が困惑していった。
ろから千鶴子さんの声がした。
「絵は資産でもあるのよ。どこへ飾るかだけで決めるものじゃないわ」
私は振り返った。
「そうなんですね。私は絵のことは分からないので」
「だったら余計なことを言わない方がいいんじゃない?」
千鶴子さんの声はかった。