"凶悪犯と殺処分寸前の猫" 第5話
えよ」
オレオはベッドのから首を伸ばし、クンクンとをひくつかせた。腹が波打つようにいている。
だが、アンソニーとの距がすぎる。猫はを歩踏みしては引っ込め、激しい葛藤を繰り返していた。
アンソニーはじろぎひとつしなかった。呼吸を極限まで浅くし、線をオレオからし、向かいの壁に向けた。野物と対峙するのように、自らのを消す。
分、分。
静寂の、爪がリノリウムのを擦るカサリという微な音がした。
オレオが、腹をに擦りつけるようない姿勢で、じりじりといてきた。
アンソニーの膝のすぐ脇。猫のたい息が、男のジーンズ越しに伝わってくる。
オレオはアンソニーの顔を伺うように度見げ、男がかないことを確認すると、貪るようにツナにらいついた。
ガツガツ、クチャクチャと、必に舌をかす音。
アンソニーの胸が激しく波打った。をゆっくりと、ミリ単位の速度でろしていく。包帯の巻かれた。
オレオがピクッと背の毛を逆て、べるのをやめて固まった。
「丈夫だ……何もしねえよ」
アンソニーは囁くような声をした。自分のからこんなに柔らかい音がたのは、まれて初めてだった。
男の指先が、オレオの額の、と黒の毛の境目にそっと触れた。
広告
ビクッと猫の全が痙攣した。
しかし、逃げさなかった。
アンソニーは指の腹を使い、毛並みに沿って優しく撫でげた。のろ、頂部、そして顎のへ。
オレオの直していた体から、急速に力が抜けていった。
細く尖っていた瞳孔が、まあるく広がる。
「……あ」
アンソニーの喉から、声にならない吐息が漏れた。
ゴロゴロ、ゴロゴロ、ゴロゴロ……。
それは、エンジンのピストンのように力く、い振だった。オレオが自らの額を、アンソニーの傷だらけの指にぐいぐいと押し付けてきたのだ。もっと撫でろと求するように、頬の臭腺を擦り付けてくる。
「お……喉、鳴らしてんのか」
アンソニーの界が、急速に歪んだ。
、度も流さなかった涙が、粒の雫となって作業着の膝のに落ち、黒い染みを作った。
この世界にまれてからずっと、殴られるか、殴るかだった。誰も自分を必とせず、誰も自分に触れようとはしなかった。血塗られた、忌み嫌われた名、凶悪犯という刻印。
それらすべてをび越えて、このさな毛玉は、ただ自分を信じて体温を預けている。
「オレオ……」
アンソニーはに崩れ落ちるように両肘をつき、オレオのさな体を胸元へと抱き寄せた。猫は逃げるどころか、男の分い胸板にを預け、たい先を首筋のタトゥーに押し当ててきた。
広告
柔らかな温もりと、規則正しい臓の鼓。
鉄格子の檻ので、の怪物の魂が、音をてて解凍されていく瞬だった。
オレオがアンソニーにをいたという噂は、瞬くにJブロック全体を駆け巡った。
「嘘だろ、あの狂犬オレオが、カーターの膝ので寝てただと?」
受刑者たちが鉄格子の隙から首を伸ばし、アンソニーの独を覗き込もうとした。そこには、信じがたい景が広がっていた。
ベッドのに胡をかいたアンソニーの膝ので、オレオが完全に腹を見せて仰向けになり、喉をゴロゴロと鳴らしながら眠りこけていたのだ。アンソニーは分い指先で器用にブラッシングをい、抜け毛を丹に取り除いている。その表には、かつての刺々しい殺気は微もなく、まるで壊れ物を扱う職のような静謐さが漂っていた。
「おい、アンソニー……それ、本当にあのオレオかよ」
隣ののマーカスが、呆気にとられた声をした。マーカスの部にも、に見りの激しい茶トラの「ラスカル」が配属されていたが、ベッドのから歩もてこず、マーカスは途方に暮れていたのだ。
「ああ。ブラッシングしてやるとぶぞ」アンソニーは顔をげずに答えた。「マーカス、おのところのやつ、まだ飯をわねえのか?」
「ああ……づくだけでシャーシャー威嚇されてよ。
俺には無理かもしれん」
「焦るな。あいつらはな、の声のトーンを敏に聞き分けてる。