"母に追い出された私が、介護を手放すまで" 第11話
廊を歩き、茶のの引き戸を引いた。
「……ひどい様ね」
私の第声に、部のにいたがビクッと肩を震わせた。 畳のには、べかけのコンビニ弁当のプラスチック容器が散乱し、み干した缶ビールの空き缶が何本も倒れていた。 テーブルの隅のゴミ箱からは、使用済みのおむつが黒いビニール袋からはみし、コバエが数匹、な羽音をてて旋回している。
座敷机の奥、万の煎餅布団のに、母の枝が座り込んでいた。 かつては毎私がアイロンをかけていたざっぱりとした寝巻きは、べこぼしの黄いシミと皺だらけになり、髪はボサボサに乱れていた。 そして向かいの座子には、秀が腰掛けていた。 無精髭を伸ばし、目のには赤黒い隈が落ち、髪を振り乱したその姿は、かつてデパートの袋を提げて尊に笑っていた「自の男」の面など、どこにも残っていなかった。
「ゆ、由美子……!」
秀が擦り切れた喉から声を絞りし、よろめくようにちがった。
「遅いじゃないか! 何だとってんだ! く台所へけ! 飯を作って、この散らかったゴミを片付けろ! 母さんの着替えもまだなんだぞ!」
秀は必に声を荒らげ、かつての「」の権威を振りかざそうとした。 鳴りつければ、妹は昔のように震えがり、黙って雑巾をにするはずだ――そんなれなに、男はまだすがりついていたのだ。
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母の枝も、私の姿を見るなり、縋るように両を宙に伸ばした。
「由美子……! 由美子、どこへってたのよ! お腹が空いたわ、お茶を淹れてちょうだい! 秀ったら、たいお茶しかくれないのよ! 腰が痛くてたまらないの、湿布を貼り替えて!」
の見苦しい命令の連打。 私は歩もかず、ただえ切った差しで、散らかり放題の茶のを見ろしていた。
「ご飯も作らないし、掃除もしません。……今はね、お兄ちゃんの嘘をすべて終わらせるために来たのよ」
私の透き通るようなたい声が響いた瞬、秀の喚き声がピタリと止まった。
「嘘だと……? 何を言ってるんだ! 親の面倒を見る気がないなら、最初からそう言え!」 秀が顔を真っ赤にしてテーブルを叩いた、そのだった。
玄関のチャイムが、く度鳴った。
「杉本様、失礼いたします」
静かな声と共に茶のの引き戸をけて入ってきたのは、の女性だった。 は、ケアマネジャーの田さん。にはのバインダーを抱えている。 そしてもうは――仕てのいい紺のパンツスーツにを包み、徹な線を秀へと据えている、義姉のマリだった。
「マ、マリ……!?」
秀がび退くように目を剥いた。 「お、実から戻ったのか! おい、良かった、く部を片付けてくれ! 俺じゃもう――」
「秀さん」
マリは夫の言葉を、氷のような声で遮った。
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その顔には、過数の結婚活で度も見せたことのない、完全な拒絶の志が張り付いていた。 マリは提げバッグから枚の用を取りすと、テーブルの散らかった弁当ガラを払い除け、秀の目のへピシャリと叩きつけた。
緑の枠線が印刷された、公な類。 【婚届】。
夫の署名押印欄以のすべての項目が、几帳面なマリの文字で完璧に埋められていた。
「……私は、政婦として戻ってきたのではありません。これに判を押してもらいに来ました」
「な……婚届だと!? ふざけるな!」 秀が号をげ、類を握りつぶそうとした。 「パート勤めの主婦が、俺と別れてで暮らしていけるとってんのか! 誰の稼ぎで今まで飯をえてたとってるんだ!」
経済力という名の古びた盾を振り回す秀に対し、マリはでせせら笑った。
「誰の稼ぎ? 笑わせないで。あなたの取りがここ数、どれだけ減っていたか忘れたの? 私のパート代がなかったら、毎の宅ローンも払えなかったじゃない。……それにね、秀さん。の親の介護を押し付けられるくらいなら、ワンルームでで暮らした方が億倍マシよ」
「マリさん!」 布団のから、枝が鳴をげた。 「あなた、男の嫁でしょう! 夫を支えるのが妻の務めじゃないの! 私と秀を置いていくなんて、親族同に顔向けできるとってるの!?」