"消えた子猫と、花壇の頑固おじさん" 第8話
みどりさんはそのに崩れ落ち、涙でぐしゃぐしゃになった顔を何度もげた。
そのの夕暮れ。 さんのの階の窓が、何ぶりかにガラガラと音をててけ放たれた。 内に溜まっていた古い埃の匂いが吐きされ、夕焼けの茜のが、畳の部を柔らかく照らししていくのを、僕と郎は公園ののから、じっと見つめていた。
郎が、静かに喉を鳴らした。 「……クマは、かいところへけるんだな」
「うん。……もらない、も吹かない所へけるんだ」
嬉しいはずだった。 クマがなずに済む。凍える夜に震えなくて済む。 それなのに、僕の胸の奥には、たい隙がピューピューと吹き抜けていた。
毎朝、匹で並んで迎えていた夜け。 寒い夜に、互いの体温を分けって丸くなっていたあの温もり。 その輪のから、クマが永に抜けしてしまうのではないかという、言葉にできない寂しさが、僕のさな胸をひたひたと満たしていた。
の曜、午。 初の陽が燦々とり注ぐ、さんののに軽トラックがまった。
助席からりてきたさんの腕には、青いプラスチック製のキャリーケースがしっかりと抱えられていた。 格子窓の奥から、微かに「ミィ……」という、まだ々しいけれど、確かな命の宿った鳴き声が聞こえた。
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さんは玄関の引き戸をけ、静かにのへと入っていった。
暗い玄関を通り、軋む階段をがった階の畳。 畳の部の央には、真しい段式のスチールケージが据え付けられていた。 みどりさんが運び込んでくれたものだ。 ケージのには、ピカピカの陶器の皿と、しい猫用トイレ、そして番の段のベッドのには、端がほつれ、毛玉だらけになった、枚の古いウールの毛布が敷かれていた。
赤と黄のタータンチェック。 、さんの傍らに寄り添い、のに静かに息を引き取ったトラ猫の『チャロ』が、最の瞬まで使っていた毛布だった。
「……もう、捨てるつもりだったんだがな」
さんはキャリーケースの扉をけ、にを差し入れた。 首のろに巻かれた包帯。点滴のために剃られたの毛が、痛々しく痛ましい。 クマはさんのきな掌に包まれ、恐る恐るケージのへとを踏みした。
フンフンとを鳴らし、の匂いを嗅ぐクマ。 やがて、敷かれた毛布のにを乗せた瞬、クマのきがピタリと止まった。
そこには、さんの匂いと、嗅いだこともない、けれどどこか懐かしい「されていた猫」の匂いが、何もの歳を超えて染み付いていた。 クマはくるりとを翻し、毛布の真んにさく丸まると、ふうっとい息を吐きした。
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「……気に入ったか」
さんはケージのにあぐらをかき、ポケットから処方された薬と、ウェットフードの缶詰を取りした。 スプーンで薬をフードに混ぜわせ、皿に乗せてケージの奥へ差し入れる。
「え。薬が入ってるが、残すんじゃねえぞ」
クマはし警戒するようにさんの顔を見つめていたが、漂ってくる魚の匂いに抗えず、そろそろと首を伸ばした。 ペロリと舐め、もう。 やがて、で皿を舐め回し始めた。
「よし……それでいい」
さんの目元が、ふっと緩んだ。 皿が空になると、クマはお腹を膨らませ、毛布のでを丁寧に舐め始めた。 そして、ケージの格子の隙から、さんの太い指先に向かって、おずおずと自分の先を寄せてきたのだ。
クンクン、と匂いを嗅ぎ、それから――スリスリと、自分の頬のフェロモンをさんの指に擦り付けた。
さんの体が、瞬ビクッと直した。 触れることを恐れていた頑固な男の指先が、ゆっくりと、震えながらクマの顎のへと滑り込む。
ゴロゴロ、ゴロゴロ……。
部のに、く温かいエンジンのような音が響き渡った。 クマが喉を鳴らしている音だった。
さんは井を見げ、固く目を閉じた。 その目尻から、筋の涙が、く刻まれた皺を伝って顎へと零れ落ちた。
「……そうか。お、ゴロゴロ言えるようになったのか」
静まり返っていた古いのに、止まっていた計の針が、再びカチリと音をててき始めた瞬だった。